あの日の約束 中編





 その瞬間、時が止まった。
 そう表現してもいい。決して、誇大表現ではないのだから。
「け、圭ちゃん。あ、あんた……」
 その身体に負った傷は誰のものなのか。
 いや、そんなことは今はどうでもいい。
 認めたくはないが、俺の先輩でもある彼女――園崎魅音は俺の隣にいる人物を指差した。
 その先にいるのは、もちろん――竜宮レナ。
 まぁ、彼女が驚くのは無理もないだろう。何せ彼女が羽織っているのは、あのメイド服という奴だ。
 困ったようなレナの目線。
 しかし、学校にも着ていくと言ったのは彼女自身。
 もちろん、この程度の反応は覚悟していたつもりだ。
 だが、彼女の反応は想像していたよりも過剰であった。



「さすがに犯罪には走らないと思ってたのに……。ここまでするとは」
「ちょっと待て魅音!? 何かお前は凄い勘違いをしてないか!?」
「白を切ろうったってそうはいかないよ。レナにこんな服を着せちゃって……」
 その言葉を聞いて、レナは益々恥ずかしがる。
 その行為を素直に可愛いと思うが、今の状況としては……勘違いを加速させるものとしかならない。
「圭ちゃん、今なら許してあげる。だけど、言い訳をしようってんなら……」
「待て。話せば分かる。レナからも何か言ってくれ!」
「そ、そうだよ。魅ぃちゃん。圭一くんは何も悪くないよ」
 真っ赤になって否定するレナ。
 しかし、それだったら説得力というものをあまり感じないのも現状である。
 彼女らしいといえば、そうなのであるが、今に限っては少しまともな状態になってもらいたいものだ。
「ふーん……」
 冷たい目で、こちらを流し見る魅音。
 はっきり言って、その瞳からは恐ろしいものを感じる。
 登校途中に、強襲されるのではないかと考えたほどだ。



 そして二度目の時が止まった瞬間。
 その瞬間、俺の身体には時を止めるスタンドでもいるのかと思った。
 特に呆然とした様子の沙都子の表情には、思わず笑みが漏れた。
 いつもは冷静の梨花ちゃんですら、その表情はピシッと石のように固まっている。
 はっきり言っておくが、こうなったのは決して自分のせいだけではないと言いたい。
 あの服で来ると決めたのは、レナ自身なのだ。
 しかし、彼らにとってはそんな理由など関係のないことは十分に分かっている。
 そして、次の瞬間には――



「へ、変態ですわぁぁぁぁぁ!!」
 と、沙都子の叫び声とも取れる大声が上がったと思えば
「圭一は、男なのですよ」
 と、梨花ちゃんには頭を撫でられた。



 それからはどれだけ痛い視線にさらされたことだろう。
 隣に座るレナからは、たびたびに苦笑いが漏れつづける。
 しかし、そのたびに周囲360度からは何らかの視線の嵐。
 その主たるものは、もちろん魅音。
 自分は男だからいいものを、女子だったら涙を流してしまうのではないかとさえ思える。
 いや、もちろん、皆にそんな気はないのだろうが。というか、そう信じたい。
 知恵先生も、苦笑いを浮かべるばかりだ。
 まさか、これほどまでに一日が辛くなるものだとは知らなかった。



「あはは……。圭一くん、ごめんね」
「謝るなって……。俺は後悔はしていないさ」
 休み時間の間、レナは俺に対して小声で話し掛けてくる。
 確かに、この言葉に決して嘘はない。
 寧ろ、隣にそんな服を着た子がいれば、色んな意味で自分の中の活力が増すというものだ。
 まぁ、今は『圭一』という単語を使うことぐらいは許してやろう。さすがに『ご主人様』というフレーズを学校で使うわけにはいかない。
 使った瞬間、何が起こるかって?
 決まっている。最終的には、俺の命が尽きてしまうことだろう。多分……。



 やがて時間は進み、空には夕日が浮かぶ。
「さようなら!」
 その挨拶で、今日の授業も終わりを告げる。
 そして、それはつまり俺たちの部活の始まりを告げるのだ。
 机を一箇所に集め、お互いが向かい合ったように座る。
「よし。集まったね」
「今日は、何をやるんだ?」
「うーん……。じゃあ、今日は、これでやろうか」
 そう言って、わが部の部長である魅音が取り出したのは、毎度お馴染みのトランプ。
「あ、今日のは傷とかはついていないよ。新しく買ってきたからね」
 そう言って、机上の上に彼女はトランプを置いた。
 確かに、彼女の言う通り、傷一つそこには見当たらない。
「で、今日やるのはこれ」
 出来上がったトランプの山を手で崩し、机の上に散乱させる魅音。
 つまり、この遊びは――
「神経衰弱――ですの?」
 沙都子が、魅音に対してそう尋ねると、彼女は一度頷く。
「うん。これなら、公平でしょ?」
 ニヤリと笑いながら、俺に視線を向けてくる。
 その笑みは、一体何を意図しているのか、俺にはさっぱりと分からない。
 だが、彼女のことだ。それは挑戦状と解釈してもいいだろう。
「上等じゃねぇか! 今日の俺は一味違うぜ!」
 声高々にそう宣言する。
 そう――今日の自分には、レナという勝利の女神さまがついているのだ。
 負ける気などはしない。
 名づけるのならば、メイドパワーとでも付けておこうか。
「くっくっく。上等だねぇ。その気力がいつまで持つか、楽しみだよ」
 そして、戦いは開幕を告げた。





続く