あの日の約束 後編


「勝った……!!」
 大きく両手を上げ、勝利の余韻に浸る。
 今日の結果は圧勝と表現してもあながち間違いではない。
 何せ、最初からあまりに運がよかったのである。
 これぞレナパワー――または、メイドパワーと表現するべきだろうか。
 結局の順位は、俺、魅音、梨花ちゃん、沙都子、レナとなった。
 しかし、よりにもよってレナが最下位になるとは、これも偶然が重なっているだけというのだろうか。

「負けたよ……。圭ちゃんには」
 ため息混じりに、そう口を開いた魅音。
 彼女の周りには、どこか悔しさが滲み出ていた。
 この様子だと、再び神経衰弱をすることも十分にありえるだろう。
 もちろん、それに負けるつもりは毛頭ないが。
「信じられませんわッ!!」
 自らの手持ちの札を数え終わった沙都子も、思わずそう言った。
 こんな状況下で負けるとは、彼女にとっても屈辱的なものがあるだろう。
 そして、梨花ちゃんはというと――
「圭一はがんばったのですよ」
 と、笑顔を浮かべていた。
 しかし、その笑顔の裏に別の感情があるような気もしてならなかった。
 彼女の本心は、一体なんだと言うのだろうか。

「で、圭ちゃん、今日の罰ゲームは何にするの?」
 魅音にそう言われ、俺はレナへと視線を向ける。
 彼女は頬を紅くさせ、顔を俯かせていた。
 彼女の頭の中では、どんな想像が広がっているのだろう。
 もしかしたら、罰ゲームよりも相当凄いものなのかもしれない。
「それは帰ってから決めるよ」
「か、帰ってから……。はぅ……」
 先ほどよりもさらに真っ赤になるレナ。
 しかし、その反応は他人に誤解を生ませるものでもあるのだ。
 現に魅音などは――
「へぇ……。圭ちゃんとレナは大人になっちゃうのか。おじさんは悲しいねぇ」
 などと勝手な想像をしている。
「お、大人……」
 待て、レナ。
 その言葉に敏感に反応するのはおかしい。
 というか、本当に俺がそんなことをするみたいではないか。
「魅音さんたちは、何を話してるんですの?」
 幸い、一番うるさくなると思われた沙都子はその意味を理解していないようであった。
「沙都子には、まだ分からなくてもいいことなのですよ」
 首を傾げる彼女に対して、梨花ちゃんは不気味なほどの笑顔を浮かべている。
 どうやら彼女は、全てを理解しているようだった。
 ある意味、梨花ちゃんは沙都子より相当性質が悪いかもしれない。


 あれからちょっとした雑談も終えて、俺たちはそれぞれの家への帰路についていた。
 そして、分かれ道となっている場所で魅音が言う。
「じゃあ、私はこっちだから。じゃあね、二人とも」
「あぁ。じゃあな。魅音」
「うん。また明日。魅ぃちゃん」
 その帰り越しに魅音は一言付け足す。
「レナ。圭ちゃんに襲われないようにね」
 その言葉でレナの顔は真っ赤になる。
「お、襲われる……。が、がんばるね」
 彼女は何をがんばるというのだろうか。
 そんな彼女の反応を聞いて、魅音は笑い声を上げると、その場から走り去っていった。
 その背中が完全に見えなくなってから、俺とレナはゆっくりと足を進めていく。
 目的はもちろん俺の家。
 ついでに言っておくが、疚しい意味などどこにも存在しない。
 人にメイド服を着せておいて何を言う――だって?
 それは、違うな。
 これはちゃんとした罰ゲームなのだ。
 だから、俺には正当性がある。
 例え、何を言われようと俺は悪くない――はずだ。


「ねぇ。圭一くん」
 ――不意に、彼女から声をかけられる。
 こんな場面は幾度か経験があった。
 それと共に蘇ってくる昨日までの記憶。
「何だよ」
 そう尋ね返すと、彼女は言った。

「ありがとう」

 何が?
 その言葉に、まずはそう思った。
「いきなり何だよ」
 そう問い掛けると、彼女は言葉を続ける。

「圭一くんは、私を助けてくれた」
 俺たちは仲間だろう?
 助け合うのが当たり前じゃないか。

「圭一くんは、私の心を救ってくれた」
 そんな大それたことなんてした覚えはない。
 俺はお前に対して当たり前のことを言っただけだ。

「圭一くんは、私に勇気を与えてくれた」
 勇気なんて甚だしい。
 俺はただ奇麗事を並べただけ。

「それと……」
 彼女は俺の前へと駆け出して足を止める。
 そして、笑顔を浮かべながら、彼女は振り返った。
 さすがの俺も今は不真面目に思うことはない。
 素直に夕日をバックに微笑む彼女の姿は、本当に綺麗だと思った。
 不意に思う。
 その笑顔は、本当の彼女の笑みなのではないかと。
「――圭一くんは、この世界で生きる希望を与えてくれた」

「そんなすげぇことをしたとは思ってねぇよ」
 そう、俺は言葉を返す。
「俺が例えどんなことを言ったって、それを受け入れるかどうかはレナ、お前次第だ」
 そう、だから結論は簡単なのだ。
「俺の言葉がそんな風に聞こえたなら、お前は心の中でそれを望んでいたってことだ」
 何ていうか、次の言葉は言う必要はないかもしれない。
 少し――恥ずかしさがあるからだ。
「自分のことを救い出してくるヒーロー様ってやつをさ。お前も子どもみたいに待ち望んでいたんじゃないか?」
 『まるで』という言葉でさえ必要ない。
 これは自分を彼女を救い出したヒーローと過信しているだけの話だ。
 そんな言葉に彼女はしばらく考え込んでから、不意に笑みを浮かべた。
「……うん。そうかもしれないかな。……かな」
 そう言うと、今度は俺の方へと彼女は駆け寄ってくる。
 そして、俺の片腕にそっと自分の身体を寄せた。
「お、おい……」
 彼女にすれば、かなり大胆な行動ではないだろうか。
 思わず頬が熱くなるのを感じる。
「私、これからもずっと圭一くんと一緒にいてもいいかな? ……かな?」
 不安そうに上目遣いで見つめる彼女。
 そんな様子を見て、『いいえ』と断れるはずがない。
 いや、断る理由もない。
「ばーか。それはこっちの台詞だ。それに……」
 そう言って、彼女の額を小突く。
 俺の思いは――そう。
 結局のところ、一つしかないのだ。

「俺がお前を逃がすと思うか?」

 その言葉に、彼女はクスリと小さく笑みを浮かべた。
 彼女は言う。

「――それもそうだね」



終わり


あとがき

中途半端な終わり方で申し訳ないです。……うん。このストーリーは萌えるのでしょうか。うーん、作者として萌えの追求はしなかったのですが、書いてて面白かったです。
圭一×レナというと、やはり甘いかつこういうシリアスな場面があると思うんですよ(シリアスあったか?)
さすがひぐらしの王道CPの一つです。書きがいがありますね。やはり。
では、今日はこの辺りで。