時刻は夕方。
 思わず立ち止まって、すっかりと黄昏れてしまった空を眺めたくなる。。
 買い物帰りの私は、そんな中、一人の見知った人物に出会った。
「圭一……くん?」
 道の脇で佇む彼の姿は、それだけで絵になるようだった。
 いつもの彼にそこまでの魅力的要素はないというのに、この日だけは別だった。
「おぅ。レナか」
 彼の声が聞こえてきた時、私は自分がすっかり彼の姿に見惚れていたことに気付いた。
 それが恥ずかしくて、少し頬の辺りが熱くなるのを感じる。
「どうしたの? こんなところで」
「ん……。まぁ、散歩ってところだ」
「散歩?」
「あぁ」
 とか言っている割には、今の今までここに佇んでいたのが気になる。
「圭一くん。ひょっとして、暇なのかな? ……かな?」
「うっ……」
 圭一くんは、思わずそんな声を漏らした。どうやら、図星だったみたい。
 まぁ、圭一くんがそれ以外の理由で散歩とかはあまりしなさそうなイメージもあるのだけれど。
「……しょうがないだろ。することないんだし」
「でも、今日は宿題があったはずだよ? ……だよ?」
「いや、もうあれは全部終わらせた」
「え!? ぜ、全部分かったの?」
「そりゃぁ……って、おい。レナ。お前、分からないのか?」
「……うん。いくつか……だけど」
 そう呟くと、『しょうがねぇな……』と、私に向かって彼は少し呆れ気味にそう言った。
 悔しいけれど、圭一くんに学力の点では勝てる気がしない。というか、絶対に勝てないと思う。ある意味、圭一くんは留美子先生の次の、私にとっての先生だから。
「じゃあ、今度、俺が手取り足取りきっちり教えてやる」
「うん。ありがとう……って、手取り足取りって何かな? ……かな?」
「いや、言葉の綾だ。気にしないでくれ」
 私は訳も分からず、ただ首を傾げるだけだった。そんな私の反応を見て、圭一くんは安堵のため息をついた。
「それよりも、レナ。お前は何やってたんだ……って、聞くまでもないな」
 恐らく彼の目には、私の両手のスーパーの袋が映ったのだろう。
「ってことは、何だ。つまり、それが今日の夕食ってか?」
 案の定、圭一くんは私の両手に提げられている袋を指差しながら、そう尋ねてきた。
「うん。大体はね。今日は鍋なの」
「へぇ……」
「圭一くんは?」
 そう尋ねると、圭一くんは苦笑いを浮かべて『うーん』と小さく考え込んでいた。
「……カップラーメンだろうな。きっと」
「カップラーメンばかりは、身体によくないんだよ? ……だよ?」
「それは分かってるんだが……」
「ひょっとして、今日も、お父さんたちがいないの?」
「……その通りなんだ」
 仕方ないと言えば仕方ない。圭一くんのお父さんは、結構著名な画家らしくて、色々なところに売り込みに行ったりしているらしい。
 圭一くんのお母さんは、いつもお父さんの付き添いをしてるらしいけど、それが何故だかは聞いたことはない。それを尋ねると、たびたび圭一くんは苦笑いを浮かべて、話を逸らそうとする。
「……よかったら、何か作ってあげるよ?」
「いや、今日はいい。俺にも、男の面子ってやつがあるからな」
「……カップラーメンなのに?」
「うっ……」
「……ただの味噌汁で家が火事になりそうだったのに?」
「うっ……。って、ちょっと待てレナ! その話は誰から聞いた!?」
「ふふ……。秘密だよ? ……だよ?」
「くっ……。どうせ、沙都子の奴だな。明日、本気でデコピンを叩き込んでやる」
 ボソボソとそんなことを呟く圭一くん。
 これだから、彼をからかうのは面白い。いつもからかわれているお返しでもあるんだけれど。
「圭一くんの面子がかかった料理ってどんな料理なのかな? ……かな?」
「そ、それは……」
「きっと驚きのあまり、腰が抜けるぐらいの料理なんだろうね」
「……勘弁してください。レナさん」
「きっと私よりもずっとおいしい料理なんだろうね」
「……ごめんなさい。私がわるぅございました。お許しください、レナ様」
 参ったように苦笑いを浮かべている彼の姿を見て、思わず私にも笑みが漏れた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、今日の圭一くんの夕食は私が作ってあげる」
「はい……。って、ちょっと待て! どうしてそうなる!?」
「……私の料理じゃダメなのかな? ……かな?」
 上目遣いで圭一くんの顔を見つめる。そんなことをしたのは、彼が極端にこんな表情に弱いのを知っているがためだ。
「い、いえ。そんなことは、ございません」
 ほら、やっぱり。彼の表情には、うっすらと動揺の色が浮かんでいた。
「それなら、一緒に帰ろう? 圭一くん」
 そう言って、私は彼を先導するかのように歩き始める。
「あ、あぁ」
 そんな声が聞こえてきて、彼のものであろう足音も私の耳に聞こえてきた。

 さて、今日は、彼のためにどんな料理を作ってあげようかな……。

終了