「圭一くん……」
 見つめる先の彼の背中は、暗く……そして、冷たい。

 彼――前原圭一は、ここ数日ですっかり変わってしまった。
 時には何かに怯えるように、時には何かを威嚇するように……雛見沢の道を歩いていく。
 それは、この村の独特な雰囲気に、彼が飲み込まれてしまったが故かもしれない。
 はたまた、ここで起こった惨劇を知ってしまったが故かもしれない。
 だけど……。

 彼は――私たちを疑っている。
 私も、魅ぃちゃんも、沙都子ちゃんも、梨花ちゃんも、みんなみんな疑っている。
「あはは……」
 口から笑い声が漏れる。それが何故だかはわからない。
 ただ――今の彼は、まるで昔の私のように見えた。
 何もかもに怯え、そして何もかもを疑ってしまう毎日。そんな日常を繰り返していれば、やがて精神が持たなくなることを私自身が知っている。
 だから……。
 彼を――救ってあげたい。
 彼を――助けてあげたい。
 何も恐れることはないんだよ……って。
 私も、魅ぃちゃんも、沙都子ちゃんも、梨花ちゃんも、みんな圭一くんを心配してるんだよ……って。
 だけど、きっと彼の心は、私の言葉を、みんなの言葉を受け入れてはくれない。
「あはは……」
 笑い声が漏れる。少し熱いものも、同時に込み上げてきた。
 私が彼みたいになったときは、誰も助けてくれなかった。だからこそ、分かることもある。
 圭一くんには、私と同じような目に遭ってほしくない。
 ううん……本当は、誰も同じような目に遭ってほしくない。
 だから、助けたい。でも――助けられない。
 彼を救いたい。でも――救うことは出来ない。
 それは、私の力が足りないから。
「圭一くん……」
 彼の名前を呼ぶと、目頭に涙が浮かんだ。
 もう、手遅れかもしれない。だけど……それでも、私は彼を助けたい。
 その先に待っているのが、例え、危険なものだとしても。
 何もしなくて、助けられなかったなんて、言いたくない。
 私はもう――大切な人を失いたくない。
「信じてるよ……。圭一くん」
 また、いつものように茶化してくれるって……。
 いつものように、髪をくしゃくしゃにしてくれるって……。
 いつものように、みんなと一緒に笑いあえるって……。

 私の言葉を――みんなの言葉を――信じてくれるって。


 終了