彼と彼女の勝負 〜前編〜


「い、いい度胸ですわッ!」

 そんな彼女の反応に、思わずニヤリと笑みが漏れる。
 彼女の目の前にはまったく同じ形をした緑色のものと白色のもの。
 ――つまり、ブロッコリーとカリフラワーである。
 彼女がその判断を出来ないと知ってから、数日。
 今になっても、どこがどう分からないのか理解できない。しかし、日頃の恨みを返すためにはいい弄り材料であることも間違いない。

 そのため、この日の朝、圭一は彼女――北条沙都子に向かってこう言い放った。
「沙都子。お前、まだブロッコリーとカリフラワーの違いが分からないのか?」
「なっ……!? そ、そんなの、関係ないですわッ! そんなことが分からなくても、生きていけますもの」
「フッ、それだからお前はいつまで経っても『お子ちゃま』なんだ」
 その言葉が――始まりだった。
「な、圭一さんにそんなことを言われる筋合いはありませんわッ!!」
「そういうのを負け惜しみっていうんだぜ。お子ちゃま沙都子」
「ふ、ふん……。わたしだって、やる気になればそんなもの、簡単に見分けられますわ」
「ほう。本当か? 口だけなら、何とでも言えるぞ」
「あ、当たり前ですわッ! わたしを誰だと思ってますこと?」
「じゃあ、明日、本当に見分けられるか、確かめてやる。それにただ確かめるだけじゃつまらねえ。何かをかけるっていうのはどうだ?」
 ニヤリと口元に笑みを浮かべて、圭一はそう彼女に提案する。
 そう――それこそが部員同士であるが故の決定事項のようなものだ。
 あんな生活におかれている以上、もはや勝負には何かをかけなければ気がすまなくなってしまっていた。
「い、いい度胸ですわね。それなら、わたしが見分けられたら、一週間、ずっと圭一さんには言うことを聞いてもらいますわ」
「ほう。じゃあ、お前が見分けられなかったら、一週間、メイド服を着ながら俺に尽くしてもらおうか」
 その途端、沙都子の頬にはわずかな朱が入り、顔には驚愕の色が浮かんだ。
「なっ……。へ、変態ですわッ!!」
「フッ、何とでも言え。メイド服は男のロマンだ!!」
 彼女の言葉に対して動じる様子もなく、それを誇りとしているかのように圭一はそう宣言する。
「どうする? 受けて立つか? それとも、やめるか?」
「当然、受けて立ちますわ!!」
 彼女にもプライドというものがあるのだろう。
 それが許さなかったのか、彼女の答えもまた早いものであった。
「じゃあ、明日の放課後。部活が始まる前にやるぞ」
「分かりましたわ」
 互いに野望を抱えながら、二人の勝負の時は定められた。

 しかし、それがどのような結果になろうと――彼等は同じことを望んでいるにしか過ぎない。
 沙都子にしても、圭一にしても、メイド服というおまけがなければ、お互いが相手のために尽くすという罰ゲームしか受けないのだ。
 沙都子も、圭一も、それにはとっくに気付いているのかもしれない。
 だが、彼等はそれを口にはしない。彼等は――好敵手なのだから。
 お互いがお互いを構いあう。それこそが彼等なりのコミュニケーション。

続く