「カリフラワーですわ!!」
 自信満々にそう答える沙都子。
 その瞬間、ピクリと圭一の眉が反応を示したのを沙都子は見逃さない。
「へぇ……。それでいいのか?」
 極めて冷静につとめて、それに返す圭一。
「構いませんわ。二言はありませんことよ」
 自信を持って彼女はそう言い切った。
 先ほどの彼の反応は、恐らく彼の心の動揺が表に出たものだろう。
「さぁ。早く答えを言ってくださいまし」
「……これは」
 圭一の言葉が詰まっているようにも思えた。
 それが何故なのか、沙都子には確信を持って言える。
 恐らく答えを言うのに抵抗があるのだろう。
「カリフラワーですの? それともブロッコリーですの?」
 急かすように、彼女は言う。
 それからしばらくすると、観念したように一息をついて、圭一は口を開いた。
「……カリフラワーだ」

 その瞬間――彼女の勝利が決まった。
「ふふふ……。こんなの、やろうと思えば簡単ですわ」
 ニヤリと意地悪そうに笑みを浮かべて、沙都子は言った。
「やろうと思わなくても、出来るのが当たり前だと思うんだが」
「う、うるさいですわッ! それは負け惜しみですこと?」
「くっ……。悔しいが言い返せない……」
 唇をかみ締め、悔しさを露わにする圭一。
 彼らしい反応といえば、まさしくその通りだ。しかし、それは子どもらしい反応という意味でもあった。
 沙都子は、そんな彼の反応を見るのが、好きであった。
 純粋に言葉を返してくれる彼の言葉が、好きだった。
「さぁ、圭一さん。ちゃんと約束は覚えていますわよね?」
 彼女の一言に、圭一は首を振って頷く。
「あぁ。ちゃんと覚えてる。男に二言はないぜ! 一週間、どんな命令だって聞いてやる」
「……さすが圭一さんですわ。潔さだけは認めて差し上げます」
 そう言ってから、沙都子は顎に手を置き、何かを考え込んでいるような様子を見せた。
 恐らく圭一に対する罰ゲームを決めているのだろう。
 彼もゴクリと生唾を飲み込み、その口が開かれるのを緊張した面持ちで待つ。
 悪戯好き……という表現には語弊があるかもしれない。
 だが、それに近い感覚を持った沙都子がそれを決めるのである。
 そうなると、よほど恐ろしいことをさせられることも覚悟しておかなければならない。


「そうですわね……。じゃあ、まずは登下校の際に鞄の持ち運びをやっていただきますわ」
「……この時だけ、余分に何かを持ってくるつもりじゃないだろうな」
「失礼ですわね! そんなこと、する必要もありませんわ。圭一さんとは違いますもの」
「なっ……!? いくら俺でもそんなことはしないって!」
 確かに圭一は変な発言をしたり、沙都子ほどではないが悪戯好きでもある。
 しかし、彼は彼なりの優しさを持って沙都子――いや、彼女だけではない。
 出会ったばかりのレナたちとも、自然と接している。


「……と、まぁ、まずはこれぐらいにしておいて差し上げますわ」
「……お前って本当に容赦がないよな」
 はぁ……と、一度ため息をつく圭一。
 それもそのはず。
 宿題の手伝いから、あげくの果てにはトラップの実験台まで。
 特に最後のものなど、下手をすれば命を失いかけない。
 まぁ、彼女に良心というものがあるのならば、大丈夫だろう。あくまでも『あれば』の話だが。
 彼はこれから予想される地獄なまでの生活を嘆き、もう一度ため息をつこうとした。
 が、その前に彼女の口が一旦開く。
「あ、一つ忘れていましたわ」
「って、まだあるのか!?」
「えぇ。わたしにとっては、一番重要なことを忘れていましたわ」
「……で、何なんだ。それは」
 そう尋ねると、沙都子は何故か顔を俯かせた。
 心なしか、その頬は薄く朱に染まっているようにも見える。
 今まで普通に話していた彼女が、突然そんな様子になれば疑問に思うのはごく当たり前のことである。
 当然、圭一もその例外ではなかった。
 というか、キング・オブ・鈍感の称号がついている彼が分かれば、この世の人間の全てがわかるのかもしれないが。
「沙都子?」



「……け、圭一さん」
 緊張していることが容易に感じ取れるその声色。
 突如、彼女の口からそんなものが漏れれば、さすがの彼といえども、妙な緊張感を感じた。
 そんな彼の内面などお構いなしに、彼女は言葉を続ける。
「……一週間だけいいですから」


「わたしのにーにに、なって……いただけませんか?」


「……は?」
 口をあんぐりと開けて、思わず唖然となる圭一。
 まず、彼女の言葉の真意を読み取ってみる。
 
 わたしの――。つまり、これは沙都子のということだ。

 にーに――。恐らく、語呂的に兄ということだろう。

 わたしのにーにになる――。ということは、彼女の兄になれというわけなのだろうが。
 何故、そんなことを言ったのだろうか。
 兄という存在に、何かしらの執着があるというのだろうか。いや、実際のところは、あるのだろう。
 圭一は、彼女の家の事情を知っている。
 彼女には一人の兄がいた。その名前を悟史という。
 幼い頃から、彼女は彼のことを『にーに』と呼んで慕っていたそうだ。
 だが、彼は『消えた』
 一年前の綿流しの夜、彼という存在は忽然と姿を消したのだ。
 それは妹であり、最も彼のことを信頼していた彼女にとって、言葉に出来ないほどショックな出来事だったに違いない。
 確かに今の彼女からそれを感じ取ることは出来ない。
 だが、彼女にもやはり寂しさというものがあるのだろう。

「俺は別に構わないが、っていうか、お前が決めるんだろ? 俺に聞いたら罰ゲームにならないだろうが。沙都子様の命令は絶対なんだろ?」
「あ、当たり前ですわ! でも……本当に、いいのですの?」
 不安そうに尋ねてくる沙都子。
 そんな彼女の頭を、圭一は少々力強く撫でてやる。
「ありがたくならせていただくぜ。沙都子」
 屈託のない笑顔を浮かべて、圭一は彼女に言った。
 彼女はそんな彼の笑顔に少し見惚れてしまった。
 が、すぐに気を取り直し、沙都子は言った。
「ふ、ふん。どれだけ圭一さんが頼りになるか期待していますわ」
「くっくっく。『にーに』に全て任せろって」



 彼女にとって『にーに』という存在は、永遠に悟史でしかない。
 ただ――代わりにはなることはできる。
 そしてその存在が『圭一』という偶然巡り合った人間。


 沙都子と圭一。

 当然、彼等に血の繋がりなどはない。

 だが、そんなものは関係ない。

 そう――人間に必要なのは、信頼。そして、愛。

 それは「友愛」でも構わないし、「愛情」でも構わない。

 それらがあれば、人間は救われるだから。


終わり


あとがき
圭一×沙都子。正解編はとりあえず終了……と行きたいところですが。
実を言うと、計画としてはこの後のこと――つまり、圭一が『にーに』になっている時を書こうとかいう野望があったりします。
まぁ、そこはどなたかからの要望があれば書きます。
一応、言っておきますが、不正解編でもそんな予定があるかもしれません。
……とりあえず、こちらはフリー小説として置かせていただきますが、満足していただけるでしょうか?と不安です。
……もっといい作品を書くべきだったと常々想います。圭一×沙都子ファンの人には申し訳ない作品かも……。
まぁ、こんなわたしですが、これからもよろしくお願いしますです。
それでは、今日はこの辺りで