恋する女性は、時に極大な力を……(以下略) 第2話



 色々な苦悩に苛まれながらも、何とか彗の家まで辿り着いた彼等であった。
 だが、今気付けば、真の問題は辿り着いてからだったのかもしれない。

「ここが……先輩の家」
 幾度となく目の前に建つ『ごく普通』の一軒家を興味津々に眺め続ける井上。
 何故だろうか。彼女のその目は、やけに輝いて見えたという。
「……だから言っただろ。何もないって」
 ため息混じりに彗がそう言ったのに対して、すぐさま井上がそれに反応する。
「そんなこと、ありません!」
「……はい?」
 何を否定したのか、彗にとってみれば訳が分からない。
 というか、その家の主である彗からみても、この家の外周を見たところで、思うことなどありはしなかった。
 井上は次のように言う。
「先輩の家はごく普通の一軒家。そこから推測されるには、そこまで経済的余裕があるわけではないということが分かりますし、となれば、未来の職業に関しても考慮する点が分かりますし、それに、家の構造は木造建築。つまり極端なまでに先輩には西洋文化には興味があるわけではないということがそこから掴めます」
「えー……何だって?」
 彼女が何を言ったのか、あまり理解することが出来ず、彗は思わず首を傾げたくなった。
 というか、外観だけでそれだけ語られると中に入ったときはどうなってしまうのだろうか……と、寧ろそれが恐ろしく感じられる。
「ですから、先輩の家は……」
「いや、いい。やっぱりいい。何も聞かなかったことにしてくれ」
「遠慮しなくてもいいんですよ? 先輩」
「いや、寧ろ、俺としてはお前の方が遠慮してほしいんだが」
 という会話が展開されている間、円花は放置にも近い扱いを受けていた。
 というか、彼女の性格上というか、何と言うか……入り込めないといったところだろう。
 現在も、何について話しているのかさっぱりな様子で、案の定首を傾げていたりする。
 ついには、話が終わらなさそうなことを感じ取ったのか
「彗さんも、秋乃さんも、家に入らないんですか?」
 と、円花は珍しくも二人にそう提案した。
「そうだな」
 そんな提案に、彗も納得するようにそう答えた。
 というよりは、秋乃の話から逃れたかったと言う願望があるためかもしれない。
「……先輩の家、先輩の家、先輩の家……」
 何やらブツブツと言っている秋乃。
 自然と顔が綻んでいるのが、寧ろ怖い。
 はたからみれば、かなり危ない光景でもあり、この家の家主からみても、ハラハラものであるのは間違いない。
「お、おい。井上?」
「ひょっとしたら、先輩の部屋まで入って、ベッドの下の……」
「って、待てこら!? お前は一体何を想像してるんだよ!?」
 彗の反応に対して、円花が寧ろ疑問を抱く。
「え? 彗さん、ベッドの下に何かがあるんですか?」
「ない。断じてない。というか、今時、そんな王道的な場所に隠す奴いねえよ!!」
「王道? 隠す?」
「つまらぬ誤解を生むかもしれないから、そこは追求するな……。頼む」
「……? はい」
 訳も分からず、円花は頷く。
 それを確認して、三人はドアまでやってくる。
 秋乃もようやく正気を取り戻しているところであった。
「あ、先輩。靴は脱ぐんですか?」
 と、秋乃は唐突にそう尋ねる。
「ちょっと待て!? そんなの聞くまでもないだろ!?」
「知らないんですか? 彗さん。外国は靴を履いたままで家に入るんですよ?」
「いや、そんなことは知ってるから! っていうか、第一、ここは日本だろうが!! 靴は脱げ! 靴は!」
「そ、そうですよね。緊張しすぎで感覚が鈍ってるのかもしれません」
「それは、鈍っているっていうより、狂っているっていう表現の方が合ってると思うぞ」
 と、言いつつ、三人は玄関に上がろうとして……止まった。
 何故かといえば、簡単だ。
 井上の行動がピタリと止まったからである。
「……どうした? 井上」
「どうかしたんですか? 秋乃さん」
「お……」
「お?」
「お、お」
 何かを口走ろうとしているのは分かるが、『お』を連呼されても分かるはずもない。
「お、お、お」
 そんな調子で、数十回ほど『お』が繰り返された時……
「お……お邪魔します」
 と言った。
「って、大分待たせてそれかよ!?」
 ここに有した時間だけでも、十数分。
 この調子だと、こんな小さな家でも全部回るのは困難そうであった。

続く