恋する女性は、時に極大な力を……(以下略) 第3話



「…………」
 内心、彼――昇神彗は困り果てていた。
 目の前には興味ありげに、部屋の中をくまなく調べようとする秋乃の姿。
 家に来ることを了承したのは彼自身だが、まさかこれほどまでに困るものだとは思っていなかった。
「……どうかしましたか? 彗さん」
「いや……、何でもない」
 彼の表情の変化を読み取ったのか、円花が彼に対して声をかけた。
 まぁ、事実を言えば、円花がこの家に来た時も、ほとんど秋乃と同様で、数々の部屋をウロウロされたものであるが。
「私、秋乃さんの気持ち、分かりますよ」
 唐突に円花が彗に向かってそう呟く。
 ひょっとすると、自分は考えが顔に出やすいタイプなのだろうか。
「何がだ?」
「新しいものとか、見たこともないものを見ると、夢中になっちゃうんですよね」
「それは分からなくはないが……」
 彼女の言っているそれとこれとは、何か動機が違うような気がする。
 第一、この家に新しいものだとか、見たこともないものだとかは、ほとんどないはずだ。
 大まかな家電道具はもちろんのことだが、それ以外にも特徴的なものがあるわけではない。
 失礼なことをいえば、一番特徴的なのは、寧ろ死神と言う彼女自身なのであるが。
 そう意味をこめて、彗は円花へと視線を向ける。
「……? どうかしましたか?」
「いや……」


 そんな彗の内心とは打って変わって、秋乃の心は幸せそのものであった。
(先輩の家。先輩の部屋。先輩の……)
 今なら死んでも悔いはないと断言できてしまう。それほどまでに秋乃の心は晴れやかであった。
「先輩。この部屋は何の部屋なんですか?」
 そんな中、一つの部屋のドアを指差し、秋乃は彗にそう尋ねる。
「あぁ……。そこは」
 と言いかけていた彗の口から、『げっ……』と小さく声が漏れた。
 何故、彼がそんな反応をしたのか判断できず、秋乃は再び問いかえす。
「どうかしたんですか? 先輩」
「あっ、いや……」
「それで、この部屋は何の部屋なんですか?」
「あーっと、そこは……」
 よっぽどその部屋に何かがあるのか、言いよどんでいる彗。
 そんな彼の言葉を代弁するかのように、隣にいた円花が口を開いた。
「あっ、そこは彗さんの部屋ですよ」


 その途端、どこからともなくピシッという音がした。


 そして、目の前には立ったままピクリとも動かなくなった秋乃の姿。
 しかし、よく目を凝らしてみれば、かすかにその唇が動いているのが確認できる。
「ここが……先輩の部屋。私にとっては、神の領域」
「お、おい。井上?」
「秋乃さん?」
 さすがの二人も彼女の様子を不安に思い、どことなく声をかけた。
 すると、秋乃は凄まじい勢いで彗に詰め寄り、驚く彗をよそに尋ねてきた。
「は、は、入ってもいいですか?」
 目をキラキラと輝かせて、心なしか興奮しているようにも見える彼女。
 何故、彼女がそのような反応をしているのか分からない。
 というか、こんな状態である彼女を部屋に入れたとなると、どんなことになるのかも予想がつかない。
 とはいっても、断る理由などはどこにも存在しない。
 『恐らく』だが、彼女が入りたがっているのは純粋な好奇心だろう。単なる感覚で、それを拒絶してしまうと言うのは、さすがに可哀相なところがあった。
「……ちょっとだけだぞ」
「はい! ありがとうございます!」
 秋乃は本当に嬉しそうに、至福の笑みを浮かべた。
「ッ……」
 その表情を見て、少なからず彗も動揺し、頬を薄く朱色に染めた。
 彼女の笑顔が、あまりに綺麗で、惹かれるものがあったためである。
 彗も、そんな彼女の笑顔を見れたことに関しては、断らなくてよかったな……と、内心安堵していた。


続く