恋する女性は、時に極大な力を……(以下略) 第四話


「秋乃さん、嬉しそうですね」
 彗の部屋を隅から隅まで見渡している彼女の姿を見て、円花はそう小さく呟く。
「そう……か?」
「分からないんですか? 彗さん」
 彗の反応に、円花はクスリと笑みを浮かべる。
「……何だよ」
「いえ、何でもありません」
 納得のいかないような表情をしていた彗であったが、円花はただ笑うばかり。
 そんな顔をされていては、怒ることも出来ないわけである。
「…………」
 仕方なく、彗は頭をポリポリと掻くことによって、その気分を紛らわすことにした。


 鼓動が自然と早まる。
 仕方ない。ここはある意味、一度は来たかった場所なのだから。
 嬉しさに心が弾む。とはいっても、心はいたって冷静なものであった。
 彼が使っているベッド――机――勉強道具。
 さすがは専業主夫と言われている?ためか、整理整頓はきちんと行き届いている。
 裏話ではあるが、参考にしたい部分も多々ある。
「やっぱり先輩って、家庭的なんですね」
 思わずそんな言葉が、口から出た。
「そうなのか? 俺には、よく分からないが」
「はい。見習いたい部分もたくさんありますし」
「ふーん……。まぁ、それは一人暮らしが長いせいでもあるかもしれないが」
 苦笑いを浮かべて、彗は自嘲気味にそう言った。
「それは誇るべきですよ。彗さん。私が食事を楽しみに出来るのも、彗さんのおかげなんですし」
 と、円花。
「お前だったら、どんな料理でも食べそうだけどな……」
「そんなことはありません。私はこれでもグルメなんですよ?」
「死神かつグルメって、それはそれでどうなんだよ……」
 小さくため息をつく彗。
 死神界にも、グルメ番組というものがあるのだろうかとも思ったが、彼等の食べ物はメインは心のエネルギー。つまり、魂と言うことだ。
 魂のグルメと言われて、彗の頭に浮かんだのは――誰かの魂を食べて「○○の魂、うまい!」という映像であった。
 正直言って、そんな番組は見たくもない。というか、頭の想像だけで終わってよかったと思えるぐらいだ。
「例えば、どういうものですか?」
 そんな二人の空気を無視するように、秋乃がそう円花に尋ねる。
「そうですね……。例えば……」
 少し悩んだような顔をして、考え込んでいる円花。
 どうせ私的な理由が加わっているだろう……と、彗は考えるが、そこはそこで割り切っておいた。
「甘さとかが、ちょうどいいかどうか……とか」
「って、アバウトかよ!? それはどういう基準で決まってるんだ?」
「もちろん、それは私の感覚です」
「その言葉に対しては説得力は確かにあるんだが……」
 その人の感覚によって、料理のおいしさなどは変わる。それに関しては間違いないであろう。
 ただ……やはりいつもの彼女の様子を思い出せば……。
「お前、『まずい』って言ったことないよな」
「それは、当然です」
 円花はそう言い切った。
「何でだ?」
「世の中に『まずい』ものがあるわけがないじゃないですか」
 円花の言葉に、彗は思わず数秒間ほど沈黙してしまう。
 彼女の言葉は、世の中の料理下手の人間にどれほどの嬉しさを与えただろうか。いや、人によっては余計にショックを受けてしまうのかもしれないが。
「何、その理論!? やっぱりただの大食らいなだけじゃねえかよ!?」
「死之神先輩の言いたいことは確かにわかります」
「って、井上。お前もか!?」
 賛同した秋乃に対しても、思わず彗はツッコミを入れる。
 女性は皆こんなことを思っているのではないか? と、彗に間違った知識ですら脳に組み込まれてしまいそうであった。
「あ、でも、おいしいものはおいしいんですよ! 例えば……先輩のとか」
 ゴニョゴニョと、小声で秋乃は何かを呟く。
 それは彼女なりのアピールなのだろうが、相手にそれが届かなければ何の意味もなさないのである。
「何か言ったか?」
「い、いえ。何でもありません……」
 さらにそれを誤魔化そうとすれば、尚更それは意味がないものになる。
 彼女自身もそれを分かってはいるが、簡単にそれを成し遂げることが出来ない。
 それが、きっとこの思いの難しさなのだろう。
 秋乃は小さくため息をついた。誰にもそれが聞こえないようにと。

続く