恋する女性は、時に極大な力を……(以下略) 第五話





 ようやく秋乃の様子にも落ち着きが見られ始めた。
 とはいっても、格段することがあるわけではない。
 はたまた、彼女はまだ帰るつもりはないらしい。
 というわけで、今、三人は居間に集合している。
「……平和ですね」
 彗が出したお茶を、円花はズズッと啜る。
「そうですね……」
 同じく茶を啜る秋乃。
「お前等、今の今まで戦闘地域にいたような言葉を言うなよ……」
「え? そんな言葉でしたか?」
「そうだろうが!? 誰だよ、今時『平和ですね』って普通にいう学生は!」
「私です」
「自覚するなよ!? っていうか、それは開き直りか!?」
 ツッコミを続ける彗。
 自然な反応を返す円花に対しては、彼の性格上そうでないと済まないのであろう。
 と、そんな二人の様子を秋乃はジッと見つめていた。
(……なるほど)
 何に納得したというのだろうか。
 というか、このままでは井上秋乃という人間の存在が彗の頭から消滅しかねない。
 それを危惧した彼女は、口を開いた。
「先輩って、ツッコミが好きなんですね」
「好きでやってるんじゃないって!?」
 案の定、彗はツッコミで秋乃の言葉を返す。
 それが彼女にとっては、とても嬉しく思える。
「大体、こいつが変なことばっかり言うからだよ……」
 と言って、彼は円花を指差す。
「む……。変なことって何ですか?」
 それに対して、少々怒りのオーラを纏い始める円花。
「って、何で戦闘準備してるんだよ!?」
「売り言葉には買い言葉です」
「何でそうなる!? っていうか、何でそんな言葉知ってるんだよ!?」
「秋乃さんが言っていましたから」



「……え?」
「……は?」
 両者から思わず間抜けな声があがる。
 ついでに前者が秋乃で、後者が彗であった。
 彗の視線は、それと同時に彼女へと向けられる。
 いつもだったら、恥ずかしがるところだが、今日はそんなところではない。
「し、死之神先輩! 私がいつそんなことを……」
「え? だって、秋乃さん。以前……」
「そんなことを言った覚えは……」
 『ない』と言いたかったが、悲しいかな。
 以前の彼女に対する発言の中で、それがなかったとは言い切れない。
 思わず彼女の言葉が詰まる。
 それを何と受け取ったのか、彗が口を開いた。
「井上。何ていうか……怒りを溜めるのはいけないと思うぞ」
「…………」
 告げられたその言葉。
 秋乃の心の中では、ガラガラと何かが崩れてしまっていた。



 ――失敗した。
 例え、事実だったとしても、すぐさま否定しておくべきだった。
 そうだったら、彼はきっとこんな反応をするはずではなかった。
 きっと彼のことだ。
 苦笑いを浮かべて、何とか場を流してくれただろう。
 彼の中での自分の評価に少々の影響は出たかもしれないが、それはまだ取り戻しの出来る範囲内。
 しかし、こんな言葉が出てしまうと言うことは、完全に私の印象の中にそれが組み込まれてしまったと言うこと。
 ――失敗した。
 こんなところで、自分の恋は終わりを告げてしまうと言うのだろうか。



「……というのは、実は冗談です」
「……え?」
「……は?」
 と、前触れもなしに円花が口を開く。
「この前、『どらま』というものを見たら、そんなことを言っていたので使ってみようと思いまして」
「どんなドラマ!?」
「『京都○けむり殺人……』」
「違う! 絶対に違う! っていうか、隠すべき場所が違う!!」
「あのー……先輩」
 二人による会話が繰り広げられる中、秋乃は彼に話し掛けた。
「どうした?」
「……私が言ったことじゃないと、信じてくれますか?」
「あぁ……。さっきは悪かったな」
 彗は一旦頭を下げる。
「いえ、あまり気にはしてなかったので……」
 とは言うが、彼の一言で本当はどれほど絶望しただろうか。
 そんな中、ふと円花の顔が目に入った。
 彼女は笑みを浮かべていた。
 その表情は言う。『よかったですね』と。
 恐らく、彼女は自分の気持ちを理解したからこそ、先ほどの発言に至ったのだろう。
 ライバルながら、それは感謝せざるを得ない。
 秋乃は、円花に向かって小さく頭を下げた。



続く