はてさて…どうしようか。
「……」
 彗は、部屋の中でうーんと一人悩む。
 その手元には服。
 そして、完全に開放されたクローゼット。
 はたから見れば、今日着る服を悩んでいるようにしか見えない。
 いや、事実、そうなのだが。

 さて、どうして、彗がこんなにクローゼットの服を出しながら、今日着る服を悩んでいるかというと…
 今日、後数分後で初めて円花とデートすることになっているからだ。
 はっきり言うと、彗が円花を誘ったのだ。
 しかし、それに関しては、寧ろまだしてなかったのか。と驚かれるほどのことだった。

「……」
 彗は悩む。
 彗は生まれてこの方、これほどまでに何を着ようか迷ったことなんてなかった。
 だからこそ、これを着ていくべきだという感覚がまったくつかめないのだ。
「これにするか…」
 と、彗は一つ服を選ぶ。
 だが、すぐさまクローゼットへと服を戻す。
「はぁ…」
 彗はため息をつく。
 彼にとっては初めてのデートだから仕方ないかもしれない。
 だが実際、相手にとっては、本当に好きな人とデートできるだけで十分だということを、まだ彗は知る由もなかった。



 あれから、数分後…結局彗は、これだ!という服を見つけることが出来ず、いつもと同じ服を着ることに決めた。
 きっと、円花はとっくに待っているだろうな…と心の中で思う。
「はぁ…」
 二度目のため息。
 予定時刻は数分過ぎているくせに、いつもと変わらない服を着ている自分。
 それを見て、円花はどう思うんだろうか…。
 自分から誘っておいて、こんな服装なんて…
(…普通、しないよな)
 失望されたら、どうしようか…なんて考えてしまう。
「もう、彗さん、遅いですよ!」
 そんなときだった。
 円花の声が、すぐ近くで聞こえたのは。

 彗は驚いて、声のした方へと振り向く。
 そこにいたのは、やはり思ったとおり円花だった。
 …とはいっても、この家には円花と彗の二人しかいないのだから、彼女以外であるはずがないのだが。
「4分遅れてますよ。一体、何をしてたんですか?」
 そう尋ねる円花の姿を確認しながら、俺は言い訳を考える。
 円花はというと、いつもと同じ深い青色を基調とした服を…
「って、あれ? 服は…」
 思わず、彗は声を上げる。
 円花が羽織っていたのは、初めて会ったとき羽織っていたそのままの服だったからだ。
 彗が一番目にしていて、一番円花に似合うと思っている服。
「あ、あはは…。えっとですね、何を着ていこうか、ずっと悩んでいたんですけど、結局決まらなくて…これにしたんです」
 照れの入った声で、円花は苦笑した。

 なんだ…。円花も同じだったのか…。
 彗の心には、不思議と安堵が浮かんだ。
「そっか…。お前の違う可愛い服も見てみたかったんだが…」
 からかいも含めて、彗は言う。
 円花の反応は…やっぱり予想通りだった。
 カァーっと顔を赤くさせて、顔を俯かせる。
 まったく、それが可愛くて仕方ない…。


 無理に着飾ったりしなくていい…。
 ”いつも”が、二人にとって一番大切なことだから。

「そろそろ行くか?」
 円花に自らの手を差し伸ばす。
「あっ、はい!」
 円花も、その手に自分の手を差し伸ばし、軽く握る。
 二人のデートは、まだまだ始まったばかりだ。

続く…