初めてのでーと 第十一話


「……って、ここは」
 彼らの目の前に聳え立つ、白で統一された一つの大きな建物。
 それには、何かを惹き付ける不思議な力があり、はたまた、それだけが別世界のような錯覚にすら人間を陥らせるときがある。
「はい。私が来たかったところは、ここです」
「でも、ここって……」
 にっこりと微笑む円花を尻目に、彗は顔を上げてその建物を改めて確認する。
「教会……だよな」
 彼女は来るべき場所を間違えたのではないかと思い、彼は独り言のように呟く。
 そう、彼らがたどり着いた場所。それは――教会。
「はい。何か問題がありましたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが。……なんで教会?」
「それは……」
 彼女はクルリと身を翻し、彼の顔を見つめた。
「私の夢……になったんです」
「夢?」
 訳も分からず、彗は首を傾げる。
「はい。一度でもいいから、ウェディングドレスっていうものを着るのが」
「へぇ……」
 彼女のその言葉に関して、彗は特に違和感を覚えることはなかった。
 彼女と初めて会ったときにも説明されたが、彼女たちには偽造の戸籍というものが作られている。だから、結婚できることは何ら変ではない。
 しかも、彼女ぐらいの歳になると、そういうものに少しずつ憧れを感じ始めるという話を、よくニュース番組やワイドショーなどでやっているのを、彗はその目で見ているからだ。
 つまり、彼女もその例外ではなかった……と結論付ければ、納得するのは容易である。

「出来れば……」
 そんな中、彼女は小さく言葉を続ける。
「彗さんの隣で、がいいんですが」
「円花……」
 彗は、彼女の目を見つめ返す。
 自分で言っておきながら、それが恥ずかしくなったのか、円花はそれから逃れるように、顔を俯かせた。
「あ、あはは……。へ、変なこと言っちゃいましたね」
「……そんなことない」
 彗はそう言って、彼女に歩み寄り、その身体をそっと抱き寄せた。
「あ……、彗……さん」
 心臓の鼓動が早くなってきているのを自分でも感じる。しかし、それがどこか心地よかった。
「ったく、お前はいつも遠慮しすぎなんだ」
「……ごめんなさい」
「謝るなって……。まぁ、お前らしいと言えば、その通りだしな」
 彼女の身体を胸に収めたまま、彗は彼女の髪を優しく撫でる。
 彼なりの優しさなのだろう。それが、円花の心を暖かくさせる。
「……そう、ですか?」
「あぁ、そうだよ」

 言われてしか気付けない自分の行動。自分の心。
 そんな自分を、彼は『お前らしい』と言ってくれる。
 嬉しかった。嬉しくて、思わず頬が熱くなった。


「…………」
 そんな彼女たちを見つめる影が……一つ。
 それは、やはり――井上秋乃であった。
 真はというと、数分前……。
『……用事』
 と、言って、急にどこかへと立ち去ってしまった。
 それ以来、秋乃だけが彼らの後をつけてきていたわけである。
 だが、今、彼らの姿を見て、秋乃は寂寥の感に浸っていた。
(やっぱり、お似合い……だよね)
 秋乃が見てきた人間たちの中で、彼らほどそう思う存在はいなかった。
 そして今、それが再び、無情にも彼女の心に突きつけられる。
 彼の――彗の答えを聞くまでこの想いを諦めるつもりはない。
 円花の前で、自分はそう誓った。
 だけど――。
「こんなの……諦めなさいって言われてるのと同じ……」
 ――無意味だ。――諦めろ。――お前はここには必要ない。
 彼女の視界で展開される光景は、彼女にまるでそう言っているかのよう。
「……帰ろう」
 これ以上、彼女はそれを見てはいられなかった。
 彼女にとっては、彗も円花も、共に大切な存在。だけど、こういう時だけは……違う。
 秋乃は、彼らに対して背を向けた。もう、それを見ることがないように。

続く