初めてのでーと 十二話


「……そろそろ、帰るか」
「……はい」
 彗の提案に、円花は小さく頷いた。
 どちらともなく、二人は手をつなぐ。
 それはまるで、二人の固い絆を表しているかのよう。

「…………」
 目の前に聳え立つ教会に、彗はもう一度目を向けた。
 ジッと何か遠くを見つめているようなその瞳。
「彗……さん?」
 円花は、少なからずそんな彼の瞳に魅了された。
 真っ直ぐな彼の瞳に、心を惹かれた。
「……汝、我との契約を望むか……か」
「……え?」
 彼の呟きの意図がつかめず、円花は疑問の声をあげた。
 その反応に、彗はハッと気付き、安心させるように円花に声をかける。
「あ、いや。何か、婚約の儀式って、死神との契約に似てるんだな……って」
「はぁ……。そうなんですか?」
「だって、そうだろ? 婚約だって、夫婦の間で交わされる契約のようなものだし」
「それはそうですけど……」
 だからと言って、死神との契約は関係ないんじゃ……と、円花はいいたげな瞳で彼のことを見る。
 彗は言葉を続けた。
「だって、どっちも一生涯続くものだろ? ま、死神と契約できる奴は早々いないだろうけどな」
 彗の呟きに、『はは……』と円花は思わず苦笑いを漏らした。
「そう、ですね。言われてみれば、そうかもしれません」
「だとしたら、だ」

 彼の口から紡がれる言葉。

 そして、その瞬間――時が止まった。

「お前と俺が結んでる契約も、長い目で見れば婚約と同義ってことになるよな?」

 彼は何気なくその言葉を口にしたのだろう。
 しかし、円花の受け止め方は違っていた。

「…………」
 ポーッと、どこか惚けた様子で彼に目を向けている。ただ、その目に焦点は合ってはいない。
「おい? 円花?」
 不思議に思って彗が顔を近づけて声をかける。こういう時、本当に鈍感という存在は恐ろしいといえよう。
「……あ」
 ゆっくりと焦点が合い始めたのか、はたまた彼の顔がすぐ近くにあったことに驚いたのか、その途端、円花の頬に朱が差し始めていた。
「な、なんですか? 彗さん」
「なんですか?じゃないだろ。お前はどう思うんだ?」
「え……? そ、それは……えっと」
 そう尋ねられて、円花は思わず彼から目線を逸らした。
 それから数秒間は、何も答えることなく、ただ彗の顔を見たり、顔を俯かせたりと、どこか円花は落ち着かない様子であった。
 そして、さらにそれからしばらく経った後、ようやく円花は口を開いた。
「そ、そうかもしれませんね」
 彼女の答えに満足したのか、彗は顔に笑顔を浮かべて
「そっか。そうだと思ったんだ」
 と、言った。
「…………」
 円花はその言葉によって、ますます顔が赤くなっていた。
 しかし、彗の顔に変化が生じることはない。自分の言っていることの重大さにどうやら気付いていないようである。
「どうした? 円花。顔、赤いぞ?」
「何でも……ないです」
「そうか?」
 首を傾げつつ、彼女から視線を逸らした彗。
「彗さん……。少し、中に入ってみませんか?」
 そんな彼に対して、円花は躊躇い気味にそう尋ねた。
「中って……教会の中にか?」
「はい。そうですけど」
「いや、でも、教会の中って特に何もないと思うぞ?」
「……少し入ってみたいんです」
 円花の希望に対して、少し彗は考え込むように首を捻っていたが、『まぁ、いいだろう』と結論付け、一言
「……まぁ、いいか。大してこれから用事があるわけじゃないし」
 と言った。
「ありがとうございます! 彗さん」
「とは言っても、長くは居られないが……。それでもいいのか?」
「はい。一通り見るだけで十分ですから」
「そうか……」
 『じゃあ、問題ないな……』と呟き、彗も彼女の行動に納得した様子であった。
「じゃあ、行きましょう? 彗さん」
 円花が彗の手を握って、駆け出し気味に歩を進め、彼にそう告げる。
 苦笑いを浮かべながらも、彼女に遅れを取らないように、彗の足も自然と駆け足となった。

続く