初めてのでーと 第13話


 信じられないほどの静寂な空間に包まれた場所――教会。
 二人は、その中へと足を踏み入れた。
 足元には赤色の絨毯――いわゆる、ヴァージンロードというやつであろう。
 上を見れば、天井には鮮やかなガラス細工の模様が目に映り、思わずそれに見惚れてしまいそうになる。
「皆さんは、ここで……」
 そんな中、円花はゆっくりとヴァージンロードの上を歩きながら、周囲を物珍しそうに見回していた。
 結婚に憧れる女性というのは、まさしくこんなものなのだろうな……と、彗は彼女の姿を見て、密かに思う。
 とかいう自分も自分で、興味ありげに教会の中を見回しているのは秘密だ。まぁ、彼女もとっくに気付いているのかもしれないが。

「何か見つかったか?」
 しばらくして、ふと彼女にそう尋ねてみる。
「……え? 何かあるんですか?」
 振り向けざまに、彼女はそう尋ね返してきた。なるほど、そう捉えたか……。
「いや、そういう意味じゃなくてだな。何か目的のものはあったのかと思って」
「はい。結構、参考になりました」
 笑顔でそう言った彼女の様子を見て、彗はフッと小さく笑みを浮かべた。どうやら、彼女自身、教会という場所に満足できたらしい。
「じゃあ、今度こそ、かえ……」
 『帰るぞ』と言おうとした彗の言葉を遮るかのように、円花が言葉を発した。
「あ、彗さん。ちょっと待ってください」
「ん? まだ何かあるのか?」
 そう尋ね返す彗に、円花は片手で小さく手招きをする。
(……何だ?)
 そんな彼女の行為を不思議に思いつつも、彗は彼女に向かってゆっくりと歩み寄っていく。

「どうかしたのか?」
 彗が再びそう尋ねると、円花は彼の口元に自らの人差し指を出した。どうやら、静かにしてという意味らしい。

「汝、昇神彗は、死之神円花と永遠の愛を誓うことを約束しますか?」

「……は?」
 円花の言った言葉に、思わず彗は度肝を抜かれた。
 彗は慌てて彼女に目線を送るが、彼女は何も言わない。――何も答えようとはしない。
 ただ、彼の答えを待っているだけのように思われた。
「…………」
 彗はポリポリと、後頭部を掻く。
 そして、囁くようにして、彼は一言告げた。

「あぁ……。約束する」

「…………」
「…………」
 そして、沈黙。
 それが何故だか、彗ははっきり言って全然分からなかった。
 別段恥ずかしがってるだとか、何か言葉を発せない事情があるのなら仕方ないと思う。だが、彼女はその顔に嬉しそうな笑顔を浮かべてはいるものも、何か喋りにくそうにしている様子はない。
 何故だろう? と思い、彗が首を傾げた時だった。
「今度は、彗さんの番……ですよ」
「……は?」
 ――自分の番? ということは、あの台詞を言えということだろうか。
 仕方なくというか、場のノリのようなもので、彗は彼女の言葉を思い出しつつも、それを口にした。
「……汝、死之神円花は、昇神彗と永遠の愛を誓うことを約束するか?」
「はい」
 やけに即答だった。まぁ、彼女がこれを求めていたのだから、当然といえば当然のことであろう。
 今度こそ帰れる――。そう思った矢先、再び円花がその口を開いた。
「……それならば、二人は誓いの口付けを」
(……は?)
 思わず耳を疑う一言。今、彼女は何と言っただろうか? 聞き間違えであってほしい。だが、彼女に視線を移せば……。
「彗さん……」
 熱っぽい視線を向けた円花の姿が、そこにはあった。
 これは、ひょっとして『据え膳食わぬは男の恥』という奴であろうか。
 いや、そんなことは実際どうでもいい。今は、この現状をどうやって抜け出すかが最優先なはずであった。
 しかし、身体は動かない。いや、動いてくれない。
 自分の身体は、待っている彼女のことを意識してしまったのだ。
「ま、円花……」
 心臓の鼓動が少しずつ早まっていく。緊張のあまり、ゴクリと喉が鳴る。
 
 円花は――目を瞑った。まるで、自分のことを受け入れるように。

 頭では分かっている。だが、身体が動いた。理性が動かされた。
 彼女の唇がゆっくりと近づく。自分の身体を彼女にゆっくりと近づける。
 もう、止まらない。もう、止められない。

 ――ゆっくりと唇が触れ合う。

 ――ロマンチックなシチュレーションの中、触れるだけの初めてのキスは、特に何の味もしなかった。

続く