初めてのでーと 第二話
「ところで彗さん、今日はどこに行くんですか?」
そう、円花は隣を歩く彗に尋ねる。
デートをする。…とはいっても、円花はただ彗にそう誘われただけで、明確な目的地などを一切彗から聞いてはいなかった。
だとしたら、どうして彗に聞かなかったのか?と思うところだが、そこは円花自身も楽しみは取っておこうという気持ちがあったわけだし、誘った彗も当日まで円花に教えるつもりはなかったのだろう。
「ん…。…そういえば、まだ伝えてなかったっけ?」
とぼけたように彗は言う。円花はそんな彗の反応に、プクーッと頬を膨らませた。
そんな円花の行為も、彗にとっては可愛い行動以外の何者でもない。
「そうです! 彗さんが誘ってくれたとき、何も言ってくれなかったじゃないですか!」
悪い悪い…と軽く苦笑を漏らしながら、彗は右手でズボンの右ポケットを探り始める。そして、ポケットから出てきた彼の手が握っていたもの…。それはテレビのコマーシャルでも放送されているとある映画のチケットだった。
「見たかったんだろ?」
「え? でも…これ」
彗の言うとおり、その映画はCMが始まって以来円花が興味を示していた映画だった。しかし、その内容はラブロマンスに近く、彗はあまりこの映画に対しては興味を抱いていなかったはずだった。
円花はそう思って、彗に尋ねる。すると、彗はぶっきらぼうに言った。
「…いや、お前が初めて映画に興味を示したわけだし。毎日、興味津々にそのCMを見てるから、ビデオが出るまで待ってるのは悪い気がしたし、だからといって…」
そこまで言うと、彗は円花に顔を向ける。
「一人で映画館に行けだなんて、お前に言えるはずがないだろ。…色々、心配だし…」
最後はボソボソと呟くような声で言った彗だったが、円花の耳にはきちんとその言葉が届いた。
今の円花の服装からしてもいくつかの視線が二人に向けられているのが分かる。
しかも、円花は彗から言えばお世辞のようにしか聞こえないが、かなり可愛いランクに入る。
それが一人だけで行き帰りを行う…というのは、倫理的に危険なものがある。
「彗さん…」
円花は小さく彼の名を呟く。
彗は、先ほどの自分の台詞がどこか恥ずかしかったのか、ポリポリと額を掻いて円花から視線を逸らしていた。
「…何だよ」
そのままの姿勢で彗は円花に返す。
そんな彼の様子がおかしいのか、円花はクスリと小さく笑い、彼の腕に自分の身体を寄せる。
「お、おいっ!?」
慌てたように、彗は腕から円花を引き離そうとする。だが、円花の力は意外に強く決して彗の腕から離れなかった。
はたから見ればイチャイチャしているバカップル状態。そう見られても、円花は構わないと思っていた。
しばしは顔を少し赤くさせて焦っていた彗だったが、諦めたようにそのまま歩き出す。
「あはは」
円花は笑う。彼の心配りが嬉しくて笑う。彼の反応が面白くて笑う。
そんな円花を見て、彗もフッと口元を緩ませる。
彗さん、最近、何か楽しいことありました?
いや、特にないが…、どうしてそんなこと聞くんだ?
だって、彗さん、最近はよく笑うようになりましたから
そうか? 前も言ったけど、いつも笑っているつもりなんだが…
何ていうか、笑うっていうか、自然な笑み…っていうんでしょうか? そんな感じです。
ふーん…そうなのか。自分のことはよく分からんが…。
それは私だって同じですよ。とにかく、彗さんはよく笑うようになりました。これは本当です!
まぁ…そういうことにしとくか
そんな円花との日常の記憶が、彗の頭をよぎった。
きっと…それは円花のせいなんだろうな…
彗は、今なら自分のことが少なからず分かる。…そんな気がした。