初めてのでーと 第五話


「ふぅ……」
 あの映画が終わり、映画館の外に出た彗は開放されたように大きく息を吐く。
「いい話でしたね。彗さん」
 隣に立つ円花が、そんな彼に笑顔で話し掛ける。
「あー……まぁな」
(そんな暇じゃなかったんだが……)
 などと思いつつ、彗は半ば適当にそれに返す。あんな映像を堂々と見てしまったがために、彼自身、そこから後の内容は八割方見ていなかった。
 となると、怖い質問は……。
「彗さんは、どこが一番気に入ったんですか?」
 ほら、来た。やっぱりこの質問が。
 彗の頭に戦慄に残っている映像は、間違いなくあの二つのシーンだけだ。それ以前のものも、確かに見ていたはずなのだが、衝撃が強すぎて記憶がまばらになってしまっていた。
「あー……っと」
 彗は必死に自らの記憶を呼び戻させる。さすがに円花相手に『あのキスシーン』などと言えるはずもない。
 だが、やはり思い浮かばない。やはりというか、何と言うか、そこは日ごろの行いがためなのかもしれないが。
「やっぱり……最後だな」
 苦し紛れの一言。これでラストのどこがよかった? などと聞かれた暁には、『ごめんなさい』と謝ることしか出来ないのであって。
「そうなんですか? 私もなんですけど……」
「あ、やっぱり?」
 無理やり会話を合わせる。はっきり言えば、危険な賭けでしかない。
「はい。やっぱり……愛には国境はないんですね」
「そうそう。愛に国境は…って」
 ん? と疑問に思う。
「あれ? そんなにスケール大きかったか?」
「彗さん、CM見てなかったんですか? あの話、地球人と宇宙人の恋の話なんですよ?」
「嘘っ!? っていうか、スケールでかすぎだろ!? 国境とかのレベルじゃないし!?」
 彗が見たときには、確かに人間と人間が交わりあっていたはず。いや、役者が人間なのだから仕方ないと言えば、仕方ないのだが。
「最後、女の人が宇宙人の姿に戻ったときの、男の人の『それでもあなたが好き』っていう言葉には感動しました」
「ちょっと待て。宇宙人の姿? ……どんな形だ?」
「タコみたいな形です」
「よりにもよって、タコ!? っていうか、古いな! その宇宙人のイメージは!!」
「むぅ。彗さん、人は形で決め付けるものじゃありませんよ?」
 しかし、円花がどれだけ何を言おうと、結局タコはタコなのであって。
「……あー、うん。そうだな」
 彗は、またもや適当にそれに返す。確かに隣に佇む彼女も、実を言えば死神なのだが……。

「それと、何か私と彗さんみたいで……」
 彼女は小さくそう呟く。その呟きも、彗の耳はきちんと聞き取っていた。
「ばーか」
 彼女の額を、人差し指で小突く。
「痛っ。いきなり何するんですか! 彗さん」
 額を押さえながら、彼へと視線を向ける円花を、彗は真剣な瞳で見つめ返す。
「悪いが、俺はお前とそんな隔たりがあるとか思ったことはないし、それにお前はお前だろ? お前の職業は確かに死神だけどな、お前という『存在』はお前自身が決めることだ。死神がどうとか、そんなの関係ないだろ」
「彗さん……。……そうですね」
 彼の一言に、円花は嬉しそうに微笑んだ。
 そうだ。彼のことが好きになったのは、自分自身の意思。その間に、『死神』も何も関係はない。好きになってしまったものは、しょうがないと言っていたのは、一体どこの誰だっただろうか。
「……そろそろ、昼だな。飯食える場所でも、探すか」
 彼女から顔を逸らす形で、彗はそう提案した。
 しかし、恐れるべきは彼女の食欲。外食などとなったら、どれだけ出費があることか……。
「いいんですか?」
 こちらでの生活が慣れてきたのか、自分の食欲が彗にどんなダメージを与えるかを円花はしっかりと理解している。
 それがために、彗に尋ねた。
「……金額が高い場所じゃなかったらな」
 最後にそう付け足しておく。例え、高くなくても2000円以上の出費は覚悟しておいたほうがいいな……。と、彗は密かに考えていた。

続く