初めてのでーと 第六話


「……いい雰囲気だね」
「分かってるわよ。そんなこと」
 柱の影から、ある意味恋人同士っぽい雰囲気を取り巻く彼らの姿を伺う二人の影。
 それは紛れもなく、井上秋乃と襟木真なのであるが……はたからみれば、この二人も違った意味で怪しい雰囲気を取り巻いていた。
 秋乃は気付いていないが、はっきり言えば彼らはストーカーのように見られても仕方ない。まぁ、幸いなことに真が近くにいるため、何とか通報は免れているのだが。
「……まだ、追う?」
 真が、イライラとした雰囲気を取り巻く秋乃にそう尋ねる。
 実際、聞くまでもなく、彼女の答えは……
「追うわよ」
 に決まっていた。
 真もそれを分かっていた様子で、何一つ表情を変えることなく(とはいえども、元々無表情なのだが)小さく頷いた。
 そして、彼は小さく
「……面白い」
 そう、呟いた。
「何か言った? 襟木君」
 その声が小さかったせいか、はたまた映画館の近くの雑音によって彼の声がかき消されたせいか、秋乃の耳にはその声は届かなかった。
 何事もなかったかのように、真は首を横に振る。
「……?」
 何となく疑問に思った秋乃であったが、真のことだから大したことではないだろうと考え、特に気にしないことにした。
 時間は……ゆっくりと進んでいく。


「……」
 昇神彗は悩んでいた。
 何を悩んでいるかといえば――そう、外食に行くべき店の選択である。
 まず――安い店。
 これが、公理。いわゆる大前提ということになる。これはいくらでも候補がある。
 そして、第二に腹いっぱい食べられるということが条件になる。それも自分がではなく、円花が……である。
 これはかなりの難条件であり、やはり大層な出費は避けられないだろう。
「……あの、彗さん?」
「何だ?」
「私は、彗さんの料理でも満足ですから、別に外食しなくてもいいんですよ?」
 彗にとっては、色々な意味で嬉しい限りの一言だが、やはり一度言ったからには、それを男のプライドが許すはずもなく……。
「いや、今日は外食にするって決めたんだ。今ごろになって、取り消すかよ」
 しかし、それのほとんどは空元気である。内心、言ってしまったと冷や汗を大量にかいてしまっている。
「そうですか? ……それなら、いいんですけど」
 円花は申し訳なさそうにしながらも、ひとまず彗の隣を歩きつづける。
 彼らが、昼食を取るべき店を見つけるのは、もう少し時間がかかりそうだ。



続く