どうしてこんなことになっているんだろう?
「……」
「……」
 俺と円花の間で気まずい雰囲気が流れる。
 それもそのはず…。
 家の中に入った瞬間、円花が急にキュッと俺に抱きついてきたからだった。
「…なぁ、円花」
 俺の胸に顔をくっつかせたままの円花に俺は声をかけた。
 円花は、そんな俺の言葉に対して、何の返答もなかった。
 その代わりに、キュッと胸を掴む腕に少しばかり力が加わった。
 
 帰り道の様子を見ているからに、円花は何かに対して怒っている…ような気が俺自身も少なからず感
じ取っていた。
 でも、それが何に対して怒っているのかなんて、分かりもしなかった。
 今日も一日中、特に何ら変わらず過ごしたわけだし…。

「あー、えっと、俺…何か悪いことしたか?」
 円花に尋ねてみるが、俺自身心当たりはあまりなかった。
「…彗さんの…馬鹿」
「…は?」
 い、いや、馬鹿といわれても…。
 本当に俺は心当たりがなかった、そう…今日も何ら何事もなく過ごせて…。
(そういえば…昼休み)
 …あっ、あった。唯一、何事もなく過ごせなかった時間が…。
 そういえば、今日の昼休みは…確か朝、井上に呼び出されたんだったな。
 それも、円花が一緒にいるときに。
 確か円花はそのあと『ついていく』って言って聞かなかったけど、俺だけのお呼び出しだったわけだから、結局、どさくさに紛れて一人で行ったんだ。
 それで、昼休みに、井上に呼び出された場所まで行ったんだが…結局井上は何も言わずに走って逃げ
ていったし…。
 そんなことを考えているうちに、今度は円花から俺に尋ねてきた。
「…昼休み、秋乃さんと何をしてたんですか?」
「…は?」
 何をしていた? と、言われて俺は戸惑った。
 どうして、円花はそんなことを聞くんだろう? 
「…教えてください。彗さん。そうじゃないと…私、不安になるんです…」
 言葉からもその口ぶりからも、円花の不安さが俺には感じ取れた。
「…何もなかった」
 俺は、正直に円花の問いかけに答えた。
 その俺の言葉を聞いて、円花の顔に、驚愕が浮かんだ。
「…え? だって…」
 信じられない…。円花の様子は、そう言わんばかりだった。
 俺はやれやれ…と思いながらも、円花に言った。
「確かに昼休みに井上に呼び出された。それは円花も知ってるだろ? でも、その後、呼び出された場所に確かに井上はいたんだけど、勝手に走って帰っていったんだよ…。それで、わけが分からなくて…」
 俺の言葉に、どこかホッと安堵するような表情を円花は浮かべた。
「そう、だったんですか……」
 どうやら円花が抱いていた誤解は解けたらしい。
 でも、肝心の彼女は、一向に胸から離れてくれない。
「円花、そろそろ俺も料理が作りたいんだが…」
 そう頼んでみるが、円花は一言だけ
「…もう少しだけお願いします…」
 そんなことを言うと、そのまま再び俺の胸に顔を埋めてしまった。
 仕方ないな…。そう俺は結論付ける。
 ゆっくりと俺は、円花の背中に腕を回すと、そのまま優しく包み込んだ。
「ッ……!?」
 円花が驚いて息を飲むのを俺の耳は確かに捉えた。
 しかし、円花は拒絶も、抵抗もしない。
 ただ、俺の行動に身をゆだねるだけ…。
 そんな円花の行動が、少し子供っぽくて、可愛らしいな…と俺は密かに思った。


終了