温かいなぁ、と思う。
 安心できるなぁ、と思う。
 こんな風に感じられる場所は、世の中に一体いくつあるんだろう。


 幸せの享受


「おーい。飯できたぞー」
 そう私を呼ぶ声がある。
 すっかり聞きなれたその声。
 私の大好きなその声。
「はーい。今、行きますよー」
 そう言って、私はパタンとノートを閉じた。
 そして、一つ小さくため息をつく。
「ふぅ……」
 何気なく天井を仰ぐ。
 彼に提供されたこの部屋で、彼から提供されたノートと教科書で勉強する。
 そして、彼から提供された食事で自分の胃を満たす。
 本当に何から何まで彼に依存しきっているなぁ、と思う。
 最初のうちは悪い気がしていたけど、今になってはそれが当たり前で。
 こうやって彼に呼ばれるだけで、どこか心地よい気分の自分がいる。
(彗さんがいなくなったら、私はダメかもしれませんね……)
 真面目にそんなことさえ思ってしまう。
「って、そろそろ行かないと」
 ハッと余韻から冷めて、彼女――円花は椅子から立ち上がった。
 そして、部屋の電気を消した後、素早く彼女はそこから出て行った。


 ハンバーグを箸で切り分け、円花はそれを口に運ぶ。
「おいしいです」
 そして一言、そう言葉を漏らした。
「そりゃどうも」
 机を通して座る彼――彗はぶっきらぼうにそう言葉を返した。
 彼がそんな反応をするのは愛想がよくない……というよりは、単に照れ屋のため。
 円花もそれは分かっているし、そんな彼の反応を楽しんでいたりもする。
 円花はこんな日常が好きだった。
(幸せって、こういうのなんでしょうね)
 そうして彼女は軽く口元を緩ませた。
「ん……? どうかしたのか?」
 その表情を見て、彗は訝しげに彼女を見た。
「いや、何でもありませんよ?」
 それに対して円花は笑顔を浮かべ、彼の疑惑を退ける。
 何気ない、いつもの光景。
 何が変わったかと言えば、料理とかお互いの服装とかそれらの類だけで。
 それでも不変なこの日常が、まるで変化に満ち溢れた生活のように充実感で満ち足りている。
 こんな生活を一体どれだけの人が同じように過ごせているんだろう。


 目の前の彼にもそんなことを尋ねてみたくて、彼女は唐突に口を開いた。
「ドッペルゲンガーって世の中に3人いるんですよね」
「……いきなりどうしたんだ? そんなこと」
 彗は突如として尋ねられた内容に、一瞬何のことか分からなくなった。
 そして、彼は円花を再び訝しげに見る。
 しかし彼女にとってそんなことは関係ないかのように、言葉は続けられる。
「いるんですよね?」
「あ、あぁ……。確かにそうだけど」
 円花が放つ妙な威圧感に圧され、彗はそう言って軽く頷いた。
 しかしそれが何に関係するのか、彼には分かるはずもない。
 彼女は言葉を続ける。
「それじゃあ、その人たちも私たちと同じような生活を送ってるんでしょうかね」
 彗には彼女が何故そんなことを知りたがるのか、まったく分からなかった。
(っていうか、お前は死神だろ……)
 寧ろ、彼女にはそうツッコミたくもなった。
 しかし、その答えを彼女が求めているのは明確であって。
「……それはそれで、怖いな」
 彼は彼なりに考えを絞り、そう答えを返した。
「そうですかね?」
 円花は彼の答えが意外そうに、軽く首を傾げた。
 対して彼は口に含んでいたご飯を飲み込み、言葉を紡ぐ。
「……っていうか、そんなこと想像しても意味ないだろ。お前が何を言いたいのかは知らないけど……」
 彼は円花へと視線を向けて、さらに口を開いた。
「俺たちとそいつらが同じ生活をしてても関係ないだろ? 結局、それを共有できるわけじゃないし。それに、俺たちは俺たちだ」
 そう言ってから、彗は彼女から視線を逸らす。
 その様子はどこか気恥ずかしそうでもあった。
「彗さん……」
 そんな彼の言葉や様子が、今は素直に嬉しいと思った。
 そしてそれと同時に、彼の仕草に対して少しばかり笑みがこぼれてきた。
(幸せ、だなぁ)
 そう思うと、ふふふ……と軽く笑みが漏れた。
「……何笑ってるんだよ」
 その笑い声が聞こえたのか、彗はゆっくりと顔を上げ恨めしそうに円花の顔を見た。
 しかし、その動きは中途で硬直する。
 それを不思議に思ったのは、今度は円花の方であって。
「……って、彗さん? どうかしましたか?」
「い、いや……」
 何かから逃れるように、彗は彼女から視線を逸らした。
「…………?」
 円花にとっては何が何だか分からなかった。

 彼女には分かるはずもない。
 彗に向けられていた笑みがあまりに優しくて……。
 彼がその笑みに見惚れてしまっていたなど。

 それでも円花にとっては、そんな彼の仕草もただただ有意義なもので。
 彼女は内に秘めたこの感情を、彼にぶつけてみたいと思った。
「彗さん」
「ん……?」
 彼の視線が円花へと向けられる。
 いつものように、あくまでもどうでもよさそうに。
 それでも彼女には、満足なものであって。



「私、幸せですよ」



 その表情には自然と笑みが浮かび、彼女はゆっくりとそう言葉を紡いだ。
 彗はその表情にしばらくポカーンと呆然としていたが、しばらくして気を取り戻し。
「さいですか」
 恥じらいを隠そうと、ぶっきらぼうにそう言葉を返した。


 これが私たちの、日常。


終わり


あとがき
 ひっさしぶりの小説執筆です。
 はっきり言って、実力低下気味だよぉ^^;
 というわけで、さっちゃんです。
 受験がとりあえず一つは終わって気が抜けている状態です。
 だからと言って調子に乗ってるわけじゃありませんよ!?^^;
 これから先もたびたび小説を更新して行けるといいなぁと思います。
 それでは!!