アルコールには――己が本質を浮彫にする力があるらしい。
 ――それはもちろん、生理的な部分にも影響するのであって。


「彗、さん……」
 ――彼女の瞳が
 ――彼女の唇が
 俺へと着実に迫ってくる。

 背中に感じるのは、冷えたフローリングの床。
「ッ……」
 それから逃れようと、足をじたばたさせてみるが、本気の彼女の前では所詮無意味。
 同じように腕を動かそうとしてみるが、これまた物凄い力で押さえつけられている。
 それらが無駄な足掻きだと分かった途端、俺は全身の力を抜いた。
 これ以上やっても、無駄な疲れが溜まっていくだけだと思ったからだ。

 それに反して――彼女は止まらない。
 間近まで迫った彼女の瞳は、アルコールのせいか、熱に浮かされたように蕩けていた。
 しかし、それでも彼女のそれはまっすぐに俺の瞳を見つめ返している。
 そして、それは俺の心をひたすらに魅了させる。言ってしまえば、それは怪しい誘い。
 酔った円花も悪くないな……と、心の端で密かに思う。
 もちろん、一番望むのは現実とは反対の立場だが。
 と、そんなことを考えていると、突然と両頬に柔らかな感触を感じた。
 驚いて見れば、自分の両頬には彼女の両手が添えられている。
 これが――臨戦態勢というやつだろうか。多分……。
「大好き、ですよ……」
 甘く蕩けた声が、俺の耳に掛けられる。

 そうして――唇が、ゆっくりと重なった。
「ん……っ」
 久しぶりの、感触だった。
 柔らかな彼女の唇に、脳までもが侵食されてしまいそうになる。
 それに加えて、鼻を掠めるほのかなアルコールの匂い。
 彼女の行為が、所詮アルコールによるものなのだと、改めて実感させられる。

「ぷは……ッ」
 彼女の唇が離れていき、俺はボーっと天井を眺める。
 ジッと俺たちの様子を眺める”それ”。
 しばらくそうしていると、再び俺の視界の中には円花の姿が映りこんだ。
 彼女の瞳は、相変わらず蕩けたまま。
 円花もこんな顔になるんだなと、いつもと違う彼女の様子に、改めて鼓動が高鳴る。
 そう思っているうちに、再度下りてくる彼女の顔。
 俺の心の中に、それに抵抗しようという気持ちが湧き上がってくることはなかった。

「んん……っ」
 先ほどよりも、より深く重なる唇。
 そうなったのは……円花の心境が影響しているからだろうか。
 ――と、そんな時に気付いた。
 彼女の口が、無防備にもわずかに開かれていることに。
 そのことに気付いた俺は、一瞬戸惑った。
 だけど……結局は、自分の中の本能が優先する。
 俺はすかさず、その間に自らの舌を差し入れた。
「ッ……!?」
 思わぬ異物感に彼女の身体が、ビクンッと震える。
 だが、そこで俺の行動は止まらない。止まれるはずもない。
 状況の把握に遅れ、無防備なままの彼女の舌を素早く自らのそれで絡めとる。
「ん、ふぅ……っ」
 彼女の口から、くぐもった声が漏れる。
 酔っているとわかっていても、彼女の可愛らしい仕草に、自然と愛しさが込み上げてきた。
 下から上に向かって、フレンチキスをするなど、ある意味滑稽な話だが。
 ――と、思っていると。
 彼女の舌が、たどたどしくも俺の行為に答え始める。
 自分の舌と、俺の舌を絡ませやすくするよう、舌を少し前に出すことだけだが……そんなことさえも、今は嬉しく思えた。

 深く絡まりあう口付けに、段々と気持ちが高ぶりはじめてくる。
 身体中の体温が上昇していくのを感じた。
 ――唇が、離れる。
 俺の視界の中には、再度円花の顔が映り込んだ。
 アルコールと、火照っていく身体に浮かされ、彼女の顔は今まで以上にふにゃんと蕩けていた。
 しかし、そうして円花と目を合わせた瞬間、彼女は……
「彗、さん……身体が、熱いです」
 と言って、自らの羽織る上着に手を掛けた。
 そして、それを留める一番上のボタンに手を掛け、ぷちんとそれを外す。
 途端に俺の視界に飛び込んでくる、彼女のあまりに綺麗で白く木目細かな肌。
 官能的な俺はその光景にしばらく魅了されていたが、二つ目のボタンに手を掛けた辺りに、慌てて気を取り戻して、思わず彼女の細い腕を掴んだ。
「お、おい……!」
「…………」
 ボーっとした彼女の瞳が、こちらへと向けられる。
 しばらく、そのまま2人で見詰め合っていた。が、唐突に彼女の口が告げる。
「……彗さんも、熱いですよね?」
「え……?」
 俺がその言葉の意図を掴む暇もなく、彼女の手が俺の服へと伸びてくる。
 そして、彼女の指がしっかりと俺の上着の裾を掴んだ。
「……今、涼しくしてあげますから」
 そう言うと、彼女の指はゆっくりと俺の服をたくしあげていく。
「な……っ」
 徐々に肌に伝わっていく、冷えた外気。
 自らの体温とそれとのギャップに、何かゾクッとした変な感覚が込み上げる。
 抵抗しようにも、死神の力が込められた彼女の指を妨げることなど、容易なことではない。

 彼女の手によって、胸元辺りまでたくし上げられた上着。
 いつもであれば、上半身を見られることなど、恥ずかしくもないはずなのに……湧き上がってくる、羞恥心。
 そんなうちに、彼女の指が俺の肌をスゥーッと伝っていく。
「う、ぁ……っ」
 身体中をゾクッとした感覚が走り、身体がビクッと震える。
 だけど、肝心の彼女は――そんなこと、気にしていないようで。
「分かります……。彗さんの、心臓の、音……」
 自らの右手を、俺の左胸に置いて、彼女はそう言葉を漏らした。
 ごく当たり前のことなのに、何だかそれが無性に恥ずかしくて……俺は彼女から視線を外した。
 そうすると、空いていた俺の右腕を、彼女の左手が掴む。
 そうして彼女は、そのまま俺の手を自らの左胸へと導いた。
 ――指先に、柔らかな感触。
「ま、まど……」
 驚く暇さえ、与えられなかった。
 俺がそんな声を漏らすと、彼女は満面の笑みを浮かべて、こう言う。
「――彗さんには、分かりますか? ……私の、心臓の音」
 彼女に言われて、自分の意識をそちらへと向けた。
 ――トクン、トクンという規則的な音が、服越しに触れた彼女の胸を通して、俺の中へと伝わってくる。
「あぁ……。ちゃんと、聞こえる」
 そう言葉を返すと、彼女はなお笑顔を浮かべた。
「――同じ、ですね」
 ――当たり前のことだと分かっていても、不思議と心が和んだ。
 それを表すかのように、俺の口元にはフッと軽く笑みが浮かぶ。
 ――と、そんな時、一つの悪戯が俺の頭に思い浮かんだ。
 床に倒れつつも、ぴったりと寄り添いあった、俺たちの身体。
 彼女の顔は、俺の顔から一直線上にあって……。俺の右手は、彼女の左胸にしっかりと触れている。
 ――好機な、気がした。

 俺はゆっくりと指を動かし、服越しに彼女の胸を軽く揉んでみる。
「ん、っ……」
 彼女の身体が、ピクンと震えた。反射的に、彼女の目が軽く閉じられ、口元は弱く結ばれる。
 その仕草が妙に可愛らしく思えて……そして、俺の中に芽生えた悪戯心を擽らせる。
 二度、三度と、休むことなく彼女のそれを続けて揉んでいく。
 そのたびに指を押し返してくる、胸の弾力が俺の心をより刺激していく。
「ぁ、ん……っ」
 俺の腕を掴む彼女の手が、プルプルと震え始める。
 目の前にある彼女の顔が、羞恥心か何かで少しずつ赤みを帯びていた。
 そして、そんな集中力が乱れた彼女と――
「よっ……と」
「ぁ……」
 自らの場所を交代させることは、あまりに簡単なことで。
 彼女の身体は床に倒されて、俺はその上から覆い被さるような形になる。
 俺にとっては、ようやくまとも……というか、普通の状態になれた。

 ――さて、どうしようかと、俺は思う。
 彼女の様子から見て、もう抵抗らしきものはないと見てもいい。
 今の彼女は、かすかに呼吸が乱れ、熱に浮かされた瞳を俺へと向けている。
 ――誘っている。そう、感じ取っても、おかしくはない状況だった。――酒を飲んでさえいなければ。
 それならばと、俺は正当性がある行動を、彼女に対して取ることにする。

 外された、彼女の上着の一番上のボタン。
 俺はそのすぐ下にある、二つ目のボタンに手を掛けた。
「あ……」
 意図に気付いたのか、彼女の口から声が漏れる。
 だが、今となってはもう遅い。
 ゆっくりとそれを外すと、そこからは透き通るような白い肌と可愛らしい下着が覗いた。
 途端に、円花は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
 そんな彼女の表情が、俺の理性を崩壊へと導いていく。

 促されるように、俺はそこから片手を差し入れた。
 残した片手は、彼女の服を留める、残りのボタンを外しにかかる。
 そして、下着の上から彼女の胸を優しく掴んだ。
「ん、っ……。彗、さん……」
 彼女の不安な瞳が、俺へと向けられる。
 早鐘のように、高鳴った鼓動。
 それを感じつつ、俺はゆっくりと手を動かす。
「ふ、ぁ……っ」
 時には優しく、時には激しく彼女の身体を弄る。
 そのたびに、彼女の口から漏れる甘ったるい声。
 ――気が、おかしくなってしまいそうな感覚。
 それに必死に耐えながらも、彼女の身につける下着を上へとずらした。
 だが、その瞬間……。

 ――そこから覗いた光景に、思わず目を奪われた。
 艶かしいその肌にある、ほのかな膨らみ。
 やがて恥ずかしさのためか、彼女の手がそれを隠そうとする。
 俺はそんな彼女の腕を掴み、それから引き剥がそうとしてみる。しかし、円花は俺のその行動にさほど抵抗することはない。
 ――酔っていなかったら、どんな反応をしていただろうな……と、苦笑いが思わずこぼれる。
 そうして、まるで儀式のように、俺は再度彼女の唇を自分のそれで塞いだ。
「ん…っ、んっ……」
 不意打ちを受けたように、彼女の身体が震える。
 その状態のまま、俺は彼女の肌に手を伝わせ、そして柔らかな胸を揉む。
「ふ、ぅ…ん……っ」
 ――今までとは、まるで違った感触。
 自然と彼女の口からは、くぐもった声が漏れた。
 続けて、僅かに硬くなったその胸の先端を、親指の腹で軽く潰す。
「ん、く……っ」
 そのたびに、彼女の身体がビクッと跳ねる。
 ――ひょっとして、弱いのか? と、彼女の反応に、俺はそんなことを思った。
 だからこそ、俺の悪戯は止まらなくなる。

 チュパッと、音を立てて離れる唇。
 焦点が定まっていないのか、熱に浮かされているのか、円花の瞳はボーっと虚ろなものになっていた。
 そんな彼女をよそに、俺は彼女の身体へと顔を落とす。
 そうして、片方のその先端を、口の中に含んだ。
「ん、ぁ……ッ!」
 ――彼女の身体が、一際大きく跳ねる。
 だが、それだけに留まらせるつもりは、こちらとて毛頭ない。
 俺は口の中に含んだそれを、優しく自らの舌で転がす。
 彼女の身体は、そのたびに……跳ね、震え、――そして悶えた。
 ――やっぱり、弱いのか? と
 彼女の反応を見て、俺はそう感想を抱かざるを得なかった。



 ――呼吸が、乱れる。
 ――彼女以外の世界が、随分と遠く感じられた。
 そんな世界の中で、俺は自らの理性を崩されそうになった。彼女のことを、メチャクチャにしてやりたいと考えそうになった。
 だけど――そんな俺の醜い心を抑えたのは、彼女。

 ――彗さん、大好きですよ。

 純粋なままに、無垢なままに――彼女は、そう俺に言葉を紡いだ。
 それが――俺を正気へと取り戻させた。

「彗、さん……? どうか、したんですか?」
 呼吸を乱しながらも、彼女は心配そうに俺に声をかけてくる。
 そんな彼女のことが、やっぱり愛しく思えてしょうがなくなった。
「ん……何でもない。――円花」
「はい?」
 何のことかと、彼女は首を傾げた。
 ――そんな彼女に、俺は言う。

「――優しくする。……それと、俺は絶対に長生きするぜ」

 そんな俺の言葉を聞いて、彼女はプッと笑いを漏らした。
「どうしたんですか? 急にそんなこと」
「……いや、こういうのを、こういう時に言うもんなんだろ? 普通は」
 そう言うと、彼女は再び笑う。
「普通は言いませんよ、そんなこと」
「……そんなもんか」
「そんなもんですよ」
 そう納得しあって、しばらく沈黙した時間が流れて――
「――でも」
 唐突に、円花が口を開く。

「その言葉は、嬉しいです。――ありがとうございます、彗さん」

 そう言って、いつものように彼女はにっこりと笑みを浮かべた。
 そんな彼女のことを嬉しく思いつつ……俺は、腰を突き進める。
 彼女の中で、俺のものが擦れる。
「ひぁ…っ…」
 ビクッと、彼女の身体が幾度となく跳ねる。

 ――限界は、もう近かった。

 しかし、それは彼女も同じことで……。
 俺の背中を掴む指にも、少しずつ力がこもり始めている。

 ――突く。
「ぁ、ん……っ」
 ――抜く。
「ん、っ……」
 律動的に繰り返される、それに――俺も、彼女も、ただただ没頭していた。
 震える彼女の身体は、もう限界を訴えているようで……。
 膨張しきった俺の一物は、必死に限界を堪えていて……。
 そうして……
「彗、さん……。もう……」
 
 ――俺たちに、限界の刻が、訪れる。

 いつまでも、このままでいたいと思った。
 ――だけど、それは所詮無駄な話。
 時間という、流れがある限り。
 ――だけど、失望なんてない。
 
 ――彼女が、いる限り。

 俺は最後とばかりに、彼女の中を思い切り深く突いた。
 その瞬間、彼女の身体は、ビクンッと大きく震え――
 ――彼女の中が、急激に俺の一物を締め付ける。

「く、ぁ……ッ!」
 ――耐えられなかった。
 留まることなく、俺のそれは彼女の中へと欲望を迸らせる。
 彼女の身体はそのたびに大きく震え、絶えずその口からは荒い息が漏れた。


「――大丈夫、か?」
 呼吸を乱す円花に目をやりながら、俺はそう声をかける。
 だが、彼女をそうしたのは――俺。まったく、滑稽な話だ。
「……少しだけ、疲れました」
 そう言って、彼女は乱れた息を必死に戻そうとする。
 そんな光景に、俺が罪悪感を感じていると――彼女は、言った。
「ひょっとしたら――子供、できちゃうかもしれませんね」

 ――沈黙。

「……あ」
 ――気付いた。というか、今更だが。
 顔色が見る見るうちに青ざめていくのを感じる。
 ――だけど、そんな俺に、彼女は優しく笑みを浮かべて
「――その時は、責任とってくださいね。彗さん?」
 そう、言うのだ。

「……あぁ、約束する」
 そんな彼女の笑みにつられ、俺の顔にも笑みが浮かんだ。


終わり

あとがき

えー、鮒さんリクエストのスタンプの年齢制限ということでしたが……ごめんなさい。
円花の攻めがやはり少ないですし、終わり方がなんとも――微妙です。
……修正版となりましたが、前回のやつはなんと言うか自分でも後に見るとあまりに納得できなかったので……。
では、今日はこの辺りで。