惚れ……薬? マリエッタの場合


「まぁ……」
 周囲に展開されるこの状況を冷静に分析して、マリエッタは一つの答えを出す。
「本当にこうなるとは、思ってなかったわ」
 その答えとは、5人を相手にしたじゃんけんで見事自分が勝利を収めたということ。
 ということは、=ライルの目覚めに付き合うということに繋がる。
「……いいですね。マリエッタさん」
 ジトーッと、羨むような視線を彼女に対して向け続けるリタ。
「まぁ……ね」
 少々の罪悪感を感じながらも、リタの視線から彼女は顔を逸らす。
 しかし、今度は他の三人の視線が、彼女の視界に飛び込んできた。
 三人とも、どこかこの結果に納得していないかのように、そこからは感じ取れる。
「……あんたたちも、諦めなさい」
 はぁ……と、小さくため息をつくマリエッタ。
 それほどまでに彼の隣は自分には、似合わないというのだろうか。だとすれば、やけに納得のいかない話であるが。


「……」
 とは言ったものの、やはりその場に置かれれば、心は落ち着かなかった。
 いくら視界に入らないためとはいえ、薙刃たち他五人は、二階にある各々の部屋へと戻っている。
 そうなれば、ここでの会話はほとんど聞こえないだろうし、無論、注意深く聞いていなかったら、物音すら聞こえてはこないだろう。
 さらに、二人きりというシチュレーションが、それに拍車をかけている。
「ふぅ……」
 落ち着かない。ものすごく落ち着かない。
 これだったら、部屋で休んでいたほうがよっぽどマシだったのかもしれない。
 しかし、そこは……
「……どうせ、私じゃなくても、こんな風になってたわよ。きっと」
 そう、想像の中の彼女たちと自分の姿を照らし合わせて、自らを納得させる。
 と……。
「ん……」
 彼の寝息に、かすかな変化が生じた。
 つまり、それは――時が来た。それを表す印のようなもの。
「ふぅ……」
 もう一度、大きく息を吐いて、自らの心境を落ち着かせる。
 そして、いつものように……。
「いつまで寝てるのよ。ライル」
 彼に少し近づき、大きめの声で彼に対してそう呼びかける。
 瞑られていた彼の瞳が、それによってゆっくりと開かれていく。
 それと同時に、ゴクリと喉が鳴った。それは緊張が故だったのか、はたまた期待のような何かだったのかは分からない。
「……何だ。誰かと思ったら、マリエッタか」
「悪い? 私で。あんたは、誰を期待してたのよ」
「いや、特に期待なんかはしてないが……」
 そう答え、ライルはキョロキョロと辺りを見回す。
「って、そういえば、俺はどうして居間にいるんだ?」
 それに対する答えが、すぐさま浮かび上がってこないのか、ライルは小さく首を傾げた。
「迅伐の薬を飲んだんでしょ」
「あ、あぁ。そういえば、飲んだ覚えがある」
「あれのせいよ。あんた、厨房で倒れてたから」
「そうか……。迅伐のやつ」
 少し憎らしげな瞳で、迅伐の名前を呟くライル。
 この様子だと、薬を作るのが数週間近くは禁止されてしまいそうだ。
「で、一応、身体は何ともないの?」
「……? あぁ、何にも違和感はないが。何かあったのか?」
「あぁ、ないんだったら、それでいいのよ」
「……訳が分からないんだが」
 寝起きのせいか、頭の回転が大して速くなっていないライルは、相変わらず首を傾げたままだった。
 それに比べて、マリエッタはどこか内心で安心した。
(やっぱり、惚れ薬なんてあるわけないじゃない)
 すっかりそう考え、マリエッタは彼に視線を向けた。
 が……。
「それよりも、お前こそ、どうしたんだ?」
「は? 私がどうかしたの?」
 『あぁ……』と、彼は頷く。
「何か雰囲気が変わったっていうか」
「え? 雰囲気が……?」
「あぁ。何ていうか……」
 ポリポリと彼は頭を掻く。一体、何を言おうとしているのか、マリエッタには予想もつかない。
「……守ってやりたいとか、そういうことをだな。思えるように……」
「…………」
「……マリエッタ?」
 自分の発した一言で、彼女がピタリと動きを止めてしまったことを不思議に思ったライルは、彼女に名前で呼びかけた。
「あ、ごめん。今、何て?」
「だから……何ていうか……」
 少しの間を置き、ライルは言葉を続けた。
「多分、俺はお前が好き……なんだと思う」
「……は?」
 彼の口から発せられた言葉に、思わずマリエッタは呆然とした。
 何の前触れもなく言われたのだから、しょうがないといえばしょうがないのだが。
「……よくそんなこと、真顔で堂々と言えるわね」
 少し落ち着いてその意味を理解したマリエッタが、呆れたようにそう呟く。
「これでも、結構恥ずかしいんだぞ」
 今更ながらに、少し顔を赤めるライル。
「でも……嬉しいわ」
 頬を少し朱に染めて、マリエッタは自らの笑顔を彼に向けた。
「…………」
 それを何と受け取ったのか、ライルの腕がマリエッタに向かって伸びる。
 彼女も、それが何をするためのものなのか、すぐさま勘付いたが、抵抗しようとはしなかった。
 彼の腕が、背中に回される。自然と、自分の心音が速くなったような気がした。
「嫌か?」
 少し不安げに、ライルが尋ねる。
「嫌じゃないわよ。バカ……」
 顔を俯かせて、彼女は彼の胸の中でそう呟いた。

 惚れ薬の効力だということは分かってる。だけど、今はこのままで……いてほしい。

 マリエッタ編、終了