「飽きましたね」

 アルドのこの言葉が全ての始まりだった。

 

 日常茶飯事?

 

 料理の製作を手掛けるマリエッタ・テトラツィーニは、この言葉にかなりのショックを受けた。

 とは言っても、一週間に一回はアルドからのダメだしを喰らうのはすでに日常茶飯事のことになっていた。

 確かにマリエッタは、とんでもない習得の速さで料理のレパートリーを増やしているのだが……。

 そりゃぁレパートリーを増やしても、例えば、一週間連続で味噌汁、ご飯、魚を出されたら、どんな人間だって飽きるに決まっている。

「くぅっ!! 今度は……」

 と言って、次のレパートリーに取り掛かる。

 確かに見てて飽きないのだが、今回は違った。

 マリエッタの様子を呆れて見つめていたマリエッタの彼氏でもあるライルが、スッと立ち上がった。

 そして、意気込むマリエッタの近くへと歩み寄る。

「マリエッタ」

「何よ? ライル」

 せっかく意気込んでいるのに、邪魔されたような気がしてマリエッタは不機嫌そうにライルを見る。

「ジャンルを増やすのもいいと思うんだが、今回はメニューを増やさないか?」

 ライルの言葉に、薙刃たちが賛同した。

「あっ! それいいかも!」

「そうねぇ。それもいいんじゃないかしら?」

「……。(頷く)」

「確かにそうですね」

 ライル、マリエッタを除く4人がライルに賛同した。

「えっ…あっ…ちょっと……」

 戸惑うマリエッタに、アルドがとどめの一発を。

「彼氏直々のお願いを、マリエッタさんは断るんですか?」

「「なっ!?」」

 アルドの一言に、少なからずマリエッタは動揺し、顔を赤く染めた。

 いや、マリエッタだけではなくライルも、驚いたようだった。

 いつもはこんな態度をとらないのに、こんな場面で顔を赤くするのは、さすがにできたてのカップルと言ったところか。

 薙刃たちの期待する目と、ライルの少し照れた顔を見ていると、マリエッタは断るにも断れなくなっていた。

「わ、分かったわよ」

 そんなもんだから、マリエッタは渋々、メニューを増やすことを了解した。

「その代わり! ライルも手伝いなさいよ!」

 指をライルに向けて、マリエッタは言った。

「は?」

 何故、自分が手伝うことになるのか理解できないライルは、思わず声をあげた。

「ライルが言い出したんでしょ!! 手伝うって言うのが常識じゃない!」

 合ってるような、少し間違っているようなことをマリエッタは言う。

 そんなマリエッタに、ライルはやれやれ。といった感じで答えた。

「……。分かった」

 ということで、ライルとマリエッタは協力して料理を作ることになった。

 

「それで、何作ればいいのよ? ライル、和食得意なんでしょ。」

 いつもの黒い上着を脱いで、マリエッタは調理場にいた。

 その隣にはマリエッタに手伝えと言われ、ついてきたライルの姿。

 マリエッタに聞かれたライルは、少しの間考えていたが、しばらくして言った。

「……じゃあ、肉じゃがでも作るか?」

 マリエッタにとっては、肉じゃがという料理は、確か前に、ライルが作ってくれた覚えがあるが、マリエッタ自身にとってはやはり作ったことはない代物だった。

 だが、ライルが作ってくれたせいか、味は決して忘れていなかった。

「肉じゃが…ね。分かったわ」

 マリエッタは長袖のシャツを捲り上げて、やる気を示した。

 ライル自身も、マリエッタと同じく料理する準備を済ませた。

(実際は、マリエッタの家庭の味が食べたいから……。なんて言えないよな)

 と、ちょっとした考えも浮かんだが、今は手伝うことに集中しようとした。

「じゃあ、やりましょ」

「ああ」

 

 調理開始から、数分が経った。

 さすが料理に慣れている二人のせいか、これといったアクシデントがなく、料理は進んでいった。

「ここで入れればいいのよね?」

 最後の調味料を加えようと、マリエッタがライルに聞いた。

「ああ。その代わり、ちょっとだぞ。多すぎると、肉じゃがはダメになるからな。」

 ライルが念押ししながら、マリエッタの問いに答える。

 ライルの言うとおり、少しずつ入れようとマリエッタはみりんのボトルを鍋へと近づける。

(少しずつね……。)

 そう自分に言い聞かせて、マリエッタは少しずつみりんを入れ始める。

 そしてライルは少し遠くで自分の作業を行いながら、マリエッタのほうを確認してみる。

 だが、次の瞬間、ライルはマリエッタ向けて走り出していた。

 そして未だにみりんを継ぎ足していたマリエッタの腕をライルが掴む。

「待てー!?」

「えっ? どうかしたの?」

 顔色を変えて飛び込んできたライルに、思わずマリエッタは驚く。

「いくらなんでも入れすぎだーー!!」

 そう。ライルが飛び込んできたのは、マリエッタが思ったより多くのみりんを継ぎ足していたからである。
 大体の分量だと、鍋一周で十分な量なのだが、マリエッタの入れていた量は遥かにそれを超えていた。

 そして驚いたライルが、慌ててマリエッタを止めにきたわけである。

 だが、そんなライルに比べて、マリエッタはかなり落ち着いた様子で言った。

「別にいいじゃない。こんなの適当でいいのよ」

「それはそうだが……」

 ライルは何か言いたかったが、やめておいた。

 考えてもみれば、肉じゃがというのは人それぞれ違うものなのだ。

 自分の作る味とマリエッタが作る味をわざわざ似せる必要があるわけではない。

(まぁ、いいか……)

 ライルはそう考え、それ以上何かを言うことをやめた。

 やはり自分が好きになったマリエッタには甘いのだろう。

 だが、視線を元に戻すと、赤く頬を染めたマリエッタがそこにいた。

 どうかしたのか? と聞こうと思ったところで、自分も気づいた。

 気づいてみれば、ライルはマリエッタの腕をしっかり握っていた。

「そ、そろそろ離しなさいよ」

「あ、ああ」

 マリエッタにそう言われ、ライルはゆっくりと手を離した。

 だが、そのせいか二人は恥ずかしそうに、沈黙してしまった。

「「……」」

 マリエッタは俯きながら顔を赤く染めているし、ライルは気まずそうに苦笑いをしている。

 肉じゃがのだしの沸騰する音だけが、静かな調理場に鳴り響いていた。

 やがて、顔を上げたマリエッタと、ライルの視線が当たった。

「「!!」」

 再び、二人はそれぞれ違うほうへ視線を逸らした。

「なっ、何よ!」

 視線を逸らしながら、マリエッタは言う。

 そんな彼女からは、いつもの威厳さをまったく感じ取ることはできなかった。

 ライルからしてみれば、必死に照れを隠そうとしていることが丸分かりだった。

「……」

 再び、料理場に沈黙の時間が流れ始めた。

 やがて、ゆっくりと二人は顔を相手に向かってズラしていく。

 そして、二人の視線がやがてピタリと重なった。

「「……」」

 見つめ合ったまま、まったくその場から動かない二人。

 だが、しばらくするとライルが自らの手をそっとマリエッタの頬へと伸ばした。

 マリエッタはライルの手が自分の頬に触れると、そっと目を閉じた。

 今や二人の間には、一切の音がなかった。

 ライルはゆっくりと自分の顔を近づけていき、そしてそっとマリエッタにキスをした。

 マリエッタも自らの腕をライルの首へと回し、ライルを受け入れた。

 そんなマリエッタの行動に答えるかのように、ライルも徐々に口付けを深くしていった。

「んっ……」

 少し苦しくなったのか、マリエッタの口から吐息が漏れる。

 そんな中、そっとマリエッタは自らの瞳を開けてみる。

 すると、視界の中にあるものが映る。

 その瞬間、マリエッタの頭にあることがフラッシュバックしてきた。

 そう。思い出せば今は、肉じゃがの料理中だった。

「ら、ライル…。離して」

「何で?」

 マリエッタの態度が不意に変わったので、思わずライルは不機嫌になった。

 しかし、ライルは未だに状況を思い出せていないようだった。

「だ…って、今……」

 何か文句を言おうとするマリエッタの口に、ライルは舌を滑り込ませた。

 思わずマリエッタは驚くが、すぐさま正気に戻った。

 先ほどまでだったら、素直に受け入れていただろうが、今は状況が違う。

 ゆっくりとライルの肩を両手で掴み……。

「は、離してって言ってるでしょ!!」

 思いっきり突き飛ばした。

 思わぬ力にライルは、床に思いっきり尻餅をつく。

 だが、マリエッタはそんなこと気にすることなく、すぐさま肉じゃがの入った鍋へと近づく。

「あぁ!! やっぱり少し焦げてる!!」

 慌ててマリエッタは、火を弱める。

そして、マリエッタは未だに痛そうに床に尻餅をついているライルに指を指して言う。

「どうすんのよ!! ライルのせいで、焦げちゃったじゃない!」

「って、何で俺のせいになるんだ!?」

「あんたが料理中に変なことするからでしょ!!」

 そのあまりに理不尽な言葉に、ライルも思わず突っ込む。

 先ほどまで場所を考えず熱烈なラブシーンを繰り広げていたバカップルは、今やその影すら見えない。

(さっきまで自分から受け入れてたくせに……)

 ライルの言い分も決して間違ってはいなかった。

 だが、この状況でそんなことを言われれば、間違いなくパンチが…、いや、キックかもしれない。

 まず、とんでもなく痛い思いをするのは間違いない。

「……。どうすればいいのかしら……」

 ライルがそう考えているうちに、マリエッタは鍋の中の肉じゃがを見つめながら、どうするべきか考えていた。

 そんなマリエッタを見ているうちに、ライルにある考えが思い浮かぶ。

 そして、静かにマリエッタの後ろに歩み寄ると、後ろから抱きしめた。

「なっ!?」

 思わずマリエッタは大きな声を上げた。

「ちょっ、ちょっとライル! 今、料理中だから邪魔しな…」

「関係ないだろ」

 ライルのその言葉に、マリエッタは思わずゴクリと喉を鳴らした。

 今、自分がどんな状況に置かれているのか把握できたからだ。

 ライルの腕が自分の腰に回り、すでに逃げられない状況になっている。

 しかも、自分たちは恋人同士だ。

 ライルだって男だし、このままいってしまうということも有り得ないわけではない。

 やがて、そんなマリエッタの考えを知ってか知らずか、ライルの腕が少しずつ上がり始める。

 マリエッタは覚悟を決め、キュッと目を瞑る。

 その間にもライルの腕は止まることなく、マリエッタの体を上へ上へと上がり続ける。

 やがてライルの腕が、小さくマリエッタの胸に触れる。

「んっ……」

 マリエッタの口から、思わず声が漏れる。

 マリエッタからは見えないが、ライルはそんなマリエッタの反応を見て小さく笑う。

「嫌がってる割には、感じてるんだな」

「なっ!? そんなわけ…」

 からかっているライルに文句を言おうと、マリエッタは振り返ろうとした。

 だが、振り返ったときには、すでにマリエッタはライルの術中にはまってしまっていた。

「んっ……」

 振り返ったときマリエッタの唇には、ライルの唇が優しく触れていた。

 先ほどとは違う、軽く触れるだけのキスだった。

 やがてライルがゆっくりと唇を離すと言った。

「マリエッタ。また焦げるところだったな。火は消しておいたからな。」

「えっ?」

 視線を元に戻すと、すでに肉じゃがの鍋にかけられていた火は消えていた。

「あ、ありがと……」

「どういたしまして」

 それだけを言うと、ライルはそっとマリエッタから手を離していった。

 からかっていただけだったのか? とマリエッタが呆然としていると、再びライルが言った。

「ちゃんと味見しろよ。さすがに薙刃たちにまずい料理は出せないからな」

「あっ。そ、そうね……」

 慌てているのは自分だけか……。

 マリエッタは、ちょっと自分がバカバカしく思えた。

 しかし、ライルの言っていることは事実なので、とりあえず味見をしてみる。

(うっ……。す、すっごく微妙な味)

 さすがに少し焦げたせいか、まずいまではいかなくてもおいしいとは素直に言えない味だった。

 そう思い、マリエッタは再び肉じゃがに味付けを加えようとした。

 だが、そんなマリエッタにライルが歩み寄り、そっと耳にあることを囁く。

「マリエッタの味見は、後でな」

「なっ!?」

 とんでもない内容の言葉に、マリエッタは思わず手元の皿を落としそうになった。

だが、すぐに気を取り直し、顔を真っ赤にしてライルを見た。

 視線を向けると、ライルは面白そうにマリエッタを見ながら笑っていた。

(ま、またからかわれたの!?)

 そんなマリエッタの心を読んだのか、ライルがもう一度言う。

「言っておくが、冗談じゃないからな」

「なっ!?」

 ライルの言葉に、マリエッタの顔はこれ以上ないほど赤く染まった。

 でも、ライルの顔を見ていると悔しいとかそんな気持ちは起こらなかった。

(こいつには……やっぱ、勝てないわね)

 負けを認めるのは悔しいが、負けても仕方ないと思った。

 それは決して諦めではなく、自分がこの人にもっとも甘いからだったのかもしれない。

 料理というスパイスは、どうやら二人の仲を引き立てたようですよ。

 

 

終了

 

 

 

あとがき

 初めてのライマリ小説でーす!!(イエス!)

 ライマリって結構マイナーですから、どこにもないんですよね……。

 っていうか、第一天やお小説自体が、少ないですか!(笑

 書いてて、まさかこんなに甘くなるとは!? と自分で思いました。

 不覚です。今度はほのぼのでも、目指してやります!!

 願わくば、ライマリファンが一人でも増えることを!!