嫉妬

 

「一緒に出かけないか?」

 突然の出来事だった。

「えっ?」

 思わずマリエッタは耳を疑う。

 何故なら、大体出かけようと誘うのはマリエッタの方で、ライルはいつもそれにつき従っているようなものだったからだ。

 まぁ、どんなところに行ってもライルは楽しそうにしているので、マリエッタとしても嬉しいことだった。

 それが今回は誘われる立場となり、思わずマリエッタは嬉しそうに言う。

「珍しいじゃない。ライルから誘ってくれるなんて」

「いや、ちょっとな、会わせたいやつがいる。」

(ふーん……。)

 その言葉に、続けてライルはマリエッタに問いかける。

「それで、一緒に来てくれるのか?」

「別にいいわよ。私だって暇だったし……」

 そんなそっけない返事をしてしまったが、実際には行くに決まっていた。

 マリエッタからしてみれば、断る理由さえも見つからないのだ。

 いや、第一何か用事があっても、こっちを優先していたような気がする。

「じゃあ、決まりだな」

 嬉しそうな顔をして、ライルは言った。

 マリエッタは、ライルのそんな顔が大好きだったりする。

 でも、聞くべきことは聞いておかねばならない。

「それで、どこに行くのよ?」

 ライルはすぐに答える。

「京都……だな」

(はっ?)

 思わぬ場所に、マリエッタは驚いた。

 声に出さなかったのが、幸いだったかもしれない。

「ちょっと待って……。京都って……」

「じゃあ、明日出発するからな」

 マリエッタの聞きたかったことを、ライルは無視するかのように言った。

 

 そんなこんなで、京都についてしまったマリエッタとライル。

 とりあえず、“あの”ワープを使って、ここまで来たわけだ。

 だが、やっぱりあのワープの影響でまだ身体が痛い……。

 ライルもあのワープを使うことだけは避けていたみたいだが……、ライルたちのいる地区から京都までの道のりは半端なものではなかった。

 それに、それだけの日にちがかかるということは……。

 あまり大声では言いたくないが、宿屋に二人で泊まることになるということである。

(さすがに、それは……)

 確かに悪い気はしないのだが……、やっぱり恥ずかしさというものがどんな人間でも先行するものである。

 ライルがあのワープを使った理由も、それが原因なのだろう。

 でも、それだけ私が意識されていると考えれば、やはりマリエッタにとっては嬉しいことである。

「どうしたんだ?」

 ライルが、マリエッタに話しかけてくる。

 その言葉に、はっと気を取り戻すマリエッタ。

「な、何よ」

 ライルの言葉の返答に合っていない言葉を、マリエッタは慌てて言う。

「いや、やけに嬉しそうな顔してたから……」

 どうやら、自分の考えていることで、自然と顔が緩んでいたらしい。

 それをライルに見られていたと考えると、自然と恥ずかしくなってくる。

「べ、別にいいじゃない!!」

 慌てて言った言葉は、またもやライルの言葉の答えには合っているものではなかった。

 ライルは、そんなマリエッタの様子をみて面白そうに笑った。

「な、何よ!」

 そんな言葉も、ライルにとっては照れを隠すための行動だとしか見られなかった。

 

 そんな感じで、歩き始めてから数分がたった。

 ずっと歩いているのはいいのだが、一向に会わせたい人物というものは現れない。

(誰なのかしら。会わせたい人って……)

 次第にマリエッタはそんなことを考えるようになった。

 まぁ、詳細も伝えられずについてきてくれ。と言われれば、気になるのもしょうがないことだ。

「ねえ。ライル……」

 会わせたい人ってどんな人なのよ? と聞こうとしたが、その言葉は止められた。

 理由は簡単だった。

 見知らぬ少女が、突然ライルに飛びついたからだった。

(なっ!?)

 さすがのマリエッタでも、その光景には驚いた。

 だが、そんなマリエッタの様子を知る由もなく、少女は言う。

「ライルくーーん。会いたかったですーーー!」

 ライルも苦笑いしながら、彼女の方を向いている。

 どうやら、この子は性格からだと薙刃に似ているように思えた。

 マリエッタには、それがどうにも面白くなかった。

 そんなマリエッタの心情を知る由もなく、ライルはゆっくりと抱きついてきた彼女を離していく。

 離された彼女は、少々残念そうな顔をしていた。

 だが、すぐにマリエッタの視線に気づくと、嬉しそうに彼女はマリエッタの方を向いた。

「あっ。初めまして。あなたがマリエッタさんですね?」

 嬉しそうな顔をしている少女に比べて、マリエッタの心ではあるものが沸々とこみ上げてきていた。

「そうだけど、あんたは?」

 とりあえずは怒りがばれないように冷静を装って話しかける。

「えっと、ライルくんの元同級生の、セリスといいます。」

(セリス……。どっかで聞いた覚えが……)

 ライルと同級生ということは、イエスズ会の人間だということだ。

 それにセリスという名前……。どこかで聞いた覚えがある。

「まぁ、こんなやつだけど、一応首席なんだよ。俺たちの代の」

(首席……。あっ!!)

 やっと思い出した。セリス・イスラフィール。

 確か過去イエスズ会に勤めている人間の中で、一番の才能を持っていると噂される人物。

 だったような気がする。

 だが、そんな人物と会わせて何の意味があるというのか。

 マリエッタは疑問に思い、ライルに聞いた。

「ライル。それで、何で私をこの子に会わせようとしたの?」

 その言葉には、少しばかり怒気が自然とこもっていた。

「何でって……、マリエッタだって役に立ちたいって前に言ってただろ? だから、協力してもらおうと思って……」

「余計なお世話よ!! そんなこと、他人に協力されなくても一人で出来るわよ!!」

 思わず叫んでしまってから、マリエッタは後悔した。

 いくらなんでも言い過ぎのところがあったことは誰にでもわかる。

 ライルが自分の心配をしてくれたことだって、分かった。

 でも、それを他の人に任せるというのが気に食わなかった。

 それに、その相手が女性だということも……。

 だが、言ってしまったところで後悔してもすでに遅かった。

「マリエッタ。お前……」

「う、うるさい!! ライルなんて大ッ嫌いよ!!」

 ……。やってしまった。

 思ってもないことを怒りに任せて言ってしまった。

 ライルは信じられないような目で、マリエッタを見つめている。

 どこか寂しそうな、そんな目だった。

 マリエッタは、ここから逃げ出したくなった。

 そして、気づいたときには足はライルたちとはまったく逆の方向へと走り出していた。

「マリエッタ!?」

 マリエッタが走り出したことに驚き、ライルが急いで後を追おうとする。

 だが、ライルをセリスが止めた。

「ライルくん。ここからは私に任せてください」

「えっ?」

 いつもとまるで雰囲気が違う彼女に、ライルは思わず驚く。

「女同士でしか、分からないこともあるんです。だから、ライルくんはここで待っててください」

「あ、ああ……」

 とりあえずこの場は、彼女に任せよう。

 ライルはそう考えた。

 

 ライルから少し遠ざかってから、マリエッタは足を止めた。

(私ってば、何やってるんだろ。一人で勝手に怒って、ライルを傷つけて……)

 ライルは何も悪くない。

 ひょっとしたら、嫌われたのかもしれない……。

(嫌われても…仕方ないわよね。)

 そう考えているうちに、寂しさと悲しさがこみ上げてきた。

 そんなときだった。

「マリエッタさん!!」

 ふと、遠くから大きな声でセリスの声がマリエッタの耳に届いた。

 やがてパタパタとマリエッタの方へと足音が近づいてくる。

「や、やっと追いつきました……」

 ハァハァと息を整えながら、セリスはマリエッタの近くに立つ。

 だが、マリエッタは特に愛想をかけることなく、彼女に問う。

「何か用?」

 そんな彼女の言い草を気にすることなく、彼女は言う。

「マリエッタさんは、ライルくんのことが本当に好きなんですか?」

「なっ!?」

 追いかけてきて、いきなり何を聞いてくるのか、この女は。

 当然、マリエッタは素直に質問に答えるわけもない。

「あ、あんたには関係ないでしょ!!」

 しかし、セリスは真剣な表情になると、マリエッタに堂々と言った。

「関係あります。だって、私はライルくんのことが好きですから」

「!?」

 始めは自分を騙すための冗談だと思った。

 だが、違う。

 この女性の目は嘘など言っているようには決して見えない。

 本当のことだということは、すぐに判断できた。

 分かってしまったからこそ、余計な焦りがマリエッタに生まれる。

「私は神学校のときから、ライルくんのことが好きでした。だから、マリエッタさんがライルくんのことを嫌いなら、私が……」

 それ以上聞きたくなかった。

 しかし、セリスは言葉を止めようとはしない。

「駄目ッ!! ライルは、ライルは……」

 そう考えていると、マリエッタは自然と大きな声でそう叫んでいた。

 マリエッタがそう叫んだということは、先ほどの質問に肯定したということになる。

 セリスはマリエッタの言葉を聞くと、真剣な表情を解いた。

 そして優しげな表情で、マリエッタを見つめる。

「……。それを聞いて安心しました」

「えっ?」

 マリエッタはセリスの言葉に驚いた。

(ひょっとして、嘘だったの?)

 もしや自分に言わせるための口実だったのか。

 そんなことが頭をよぎったが、それを読んだかのようにセリスは答える。

「でも、ライルくんのことが好きなのは本当ですよ。もし、マリエッタさんが嫌いだと答えたら、ライルくんに告白するつもりでしたし……。」

 なっ、と思わず声を上げてしまう。

 そんなマリエッタの反応を見て、彼女は面白そうに笑った。

「ライルくんも、幸せですね。こんな綺麗な人に好きになってもらえるなんて」

 お世辞のようにしか聞こえなかったが、マリエッタには素直に嬉しいと思えた。

 いや、そればかりではない。

 先ほどまで嫌いだったはずなのに、今ではセリスに対してまったくそんな嫌悪感を抱かなかった。

「……そういうあんただって、美人じゃない。結構モテるんでしょ?」

 そんなマリエッタの言葉に、セリスは、ふふふ、と小さく笑う。

 どうやらマリエッタの言ったとおり、モテるようだった。

 すると、セリスはいきなり話題を変え、話しはじめた。

 だが、その内容はとんでもないことで……。

「マリエッタさん。ライルくんが『好きだ』とか言ってくれたことあります?」

 マリエッタは、あまりの内容にブッと噴出しそうになった。

 そりゃぁ、その内容がとんでもないから当然であるが。

「なっ!?」

 マリエッタは思わず顔を赤く染める。

 マリエッタの反応で、セリスはどうやらあまり言ってくれたことがないと判断した。

 そしてやれやれといった様子で話す。

「まぁライルくんが、そんなことを言わないってことは、マリエッタさんも承知してるんですよね」

 セリスの言葉に、マリエッタはコクリと頷く。

 そして、ブツブツと小さな声で呟く。

「まぁ……、元々ライルはそんなこと言ってくれないし……。でも、やっぱり言ってくれれば、嬉しいんだけど」

 そんなマリエッタの願望を聞いて、セリスは微笑んだ。

「ライルくんってば、これだからマリエッタさんが不安になるんですよ」

 セリスの言葉に、マリエッタはえっ、と疑問の声を上げた。

 続けて、セリスが言う。

「大丈夫ですよ。ライルくんは、マリエッタさんにベタ惚れですから」

「えっ?」

 ライルが自分にベタ惚れ?

 そんなはずがない。だって、本人はそんな素振りなんか……。

「まぁ、マリエッタさんが知らなくてもしょうがないですよね……」

 

 

 マリエッタは走っていた。

 何処へ? 自分から離れてしまった彼の元へと。

 何故? 彼に謝らないといけないから

「ライルくんは意地っ張りやさんですから、マリエッタさんのいるところでは言わないんでしょうけど、実はライルくん。私の前になると、マリエッタさんのことばかり話すんですよ? それも、すごく嬉しそうなんです。聞いているこっちも幸せになれるくらいです。だから、私も本当は悔しいんですよ?」

 苦笑しながらセリスが言った言葉を思い出しながらもマリエッタはとにかく走った。

 身体がだんだん疲れてきても構わない。

 マリエッタは、とにかく彼の元へと走った。

 そして、見つける。

 道の端っこに腰をおろしている彼の姿を。

「ライル!!」

 マリエッタは彼の名を大声で呼ぶ。

「……マリエッタ?」

 マリエッタの声を聞いて、ライルはゆっくりと腰を上げる。

 次の瞬間、そんな彼の胸へとマリエッタは飛び込んでいた。

 驚きの声を上げながらも、しっかりとマリエッタを自身の胸に収めるライル。

 そんな状態が、しばらく続くとマリエッタが小さな声で呟いた。

「その……、ライル、ごめん……。私……」

 マリエッタが謝ったことに、ライルは一瞬驚きの表情を示したが、すぐに表情を戻した。

「いいって。気にするな」

 ライルは微笑ながら、マリエッタの頭をゆっくりと撫でた。

 マリエッタは、そんな優しい彼の胸に自らの顔を埋めた。

 だが、ライルはそんな彼女に悪戯をするかのように言う。

「ま、マリエッタが妬いてくれるとは、思ってなかったけどな」

「なっ!?」

 顔を埋めていたマリエッタは、思わず顔を赤くして顔を離す。

 ライルはそんなマリエッタの反応を見て、面白そうに笑う。

 だが、今回は負けるわけにはいかない。

 何てったって、ライルの本当の姿をセリスに教えてもらったからだ。

「何よ! ライルだって、私がいないところだと、私のことばっかり話してるんでしょ!」

 マリエッタはそう言いきり、ライルの驚く反応を待った。

 だが、返ってきた言葉はそんな反応ではなく……。

「ああ。だって、マリエッタのことは好きだから当たり前だろ?」

「なっ!?」

 マリエッタが気づいたときには、すでにライルの術中にはめられていたようなものだ。

 案の定、ライルはまったく顔色を変えず、マリエッタのみが真っ赤になっている。

(ず、ずるい……)

 そう考えても、やっぱり実際には嬉しいことには変わりないのかもしれない。

 現に好きだといわれて、恥ずかしいよりも嬉しいという感情の方が強いのだから。

 だから、そんな嬉しい感情を込めて……。一言。

「すっ、好きなのはお互い様よ!」

 と、真っ赤になりながら言ったマリエッタであった。

 ライルはきょとんとしながらも、嬉しそうに笑いながらマリエッタを見つめていた。

 いくら意地っ張りな二人でも、想うところはやっぱり同じなのだ。

 恋という法則は、そんなところから来ているのかも……しれませんね?

 

終了

 

 

 

あとがき

 ライマリ第二弾。嫉妬。完成――――!!

 っていうか、読む人いるのかなぁぁぁ。この作品。

 天やお自体がマイナー。さらに、ライマリ超マイナー。

 あわせて、スーパーウルトラハイパーマイナーCP小説じゃないかぁぁぁぁぁ!!

 そんなものを書いて、満足してる私も私だが!

 次は、ライ鎮書くぞーーーーーーー!!