ライルはただ呆然とパン屋への帰路に着く。
 残された猶予はあと1週間。
 そしてその日を過ぎれば、ライルはパン屋を出なければならない。
(嫌だ…)
 ライルの心はそれを拒絶する。
 それほどライルにとって、パン屋の生活はもう欠くことのできないものになっていた。
 しかし、もうパン屋を立ち去りたくない。と言っても正統な理由は一切ない。
 ライルの本職は、決してパン屋ではなくイエスズ会なのだ。
 分かってはいる、だが…頭は理解しても、心では理解できない。
「決めることなんて…出来るわけないだろ」
 だが、ライルがいくら悩んでいても時間が無情にも過ぎ去っていく。

「お帰り。ライルくん」
 ライルがパン屋につくと、それに気付いた鎮紅がライルを出迎えた。
「あ、ライル! お帰りー!」
「お帰り。ライル様」
 薙刃と迅伐も、ライルに気付いてパン屋の中から出てきた。
「…ただいま」
 ライルもフッと微笑みながら、それに返す。
 だが、ライルの顔は微笑んではいなかった。
「ライル? どうかしたの?」
 ライルの異変にいち早く気付いたのは、薙刃だった。
「……」
 ライルは、薙刃たちに伝えるべきかどうか迷った。
 伝えたところで、結果は変わらない…。
 しかし、何も伝えずに勝手に帰ってしまったとなれば、薙刃たちはどれだけ悲しむだろう…。
 悩むこともあまりなく、ライルは薙刃たちに正直に告げた。

「……」
 ライルの言葉を聞いて、薙刃たちはすっかり黙ってしまう。
 ショックも大きかったが、薙刃たちはすでに分かっていた。
 いずれこの時がもうすぐやってくるだろう。と。
 そして、それは来てしまった。
 すっかり黙ってしまった三人に、ライルはかける言葉が見つからなかった。
 四人の間には重苦しい雰囲気が流れる。
「あー、えっと…ま、まぁ、仕方ないことだし、いずれこうなるって分かってたわけだから…」
 重苦しい雰囲気の中、ライルは必死に三人に話しかけた。
 しかし、三人は答えない。
 ライルも思わず沈黙してしまった。
 戻りたくないとか、正直に言ってしまいたい。
 でも、言ったところで結局どうなる?
 結論は簡単だ、単に駄々をこねる子供のように意味のないことだ。
 甘えなんて許されない、甘えなんて…
「…ゃだよ…」
「え?」
 ライルがふと考えに耽ったとき、薙刃の口は小さく何かを口走った。
 ライルの耳は、聞き取れない。
「薙刃、何か言っ…」
 聞き返そうと思ったライルに、薙刃は大きな声ではっきりと言った。
「ライルがいなくなっちゃうなんて、絶対に嫌だよ!!」
「ッ!?」
 薙刃は目にうっすらと涙を浮かべていた。
 ライルの心は揺れる。
 自分の本当の思いも口から出そうになる。
 しかし、敵わない。
 それが無意味だと分かるほど、ライルは幼くはなかった。
「薙刃…」
「絶対にやだ!!」
 駄々をこねる子供のように、薙刃は必死に拒絶する。
 ライルは、正直に言えば嬉しかった。
 薙刃が…自分のことを思って言ってくれていると思えば思うほど。
 しかし、それはただの甘えでしかない。
「薙刃!!」
 ライルは声を荒げる。
 薙刃に諦めさせるには、酷いかもしれないがこの方法しかない。
 しかし、効果はあった。
 ライルの声に、ビクッと怯えるような反応をした薙刃はライルの顔をうかがった。
「…何で、どうして、ライルがいなくなっちゃうの…。そんなのやだよ…、ライルがいないなんて…私…」
「……」
 悲しんでいる薙刃に、ライルは声をかけることすら出来ない。
 本当は、そんな薙刃を見ているだけで心が痛む…とても辛い。
「ッ……」
 薙刃はライルに背を向け、町へと走り出した。
「薙刃ッ!?」
 ライルは薙刃を追いかける。
 が、その腕を鎮紅に掴まれた。
「今は、ライルくんが行ってもダメよ…。少し話し合いましょう?」
「でも…薙刃が…」
 心配するライルをよそに、鎮紅は笑顔でライルに言った。
「薙刃だって、そんなに子供じゃないわ。…それに、ライルくんの本心だって聞きたいのよ」
「……」

続く


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