「…うーん、やっぱりダメでしたねぇ」
 アルドはため息をつきながら、隣を歩く人物たちに話しかけた。
 ライルの呼び戻しを撤廃してもらうことを目的にして、イエスズ会に足を運んだアルドたちだったが、その結果はほとんど無意味なものだった。
 イエスズ会といえば…『その件については後日検討しよう』などとまったくアルドたちの意見を取り合おうとはしなかった。
 アルドたちもあくまでもイエスズ会の人間。
 それ以上、強く言うことは出来ず、帰ってきてしまったということだった。
「そうね。…まったく、上の人間も頑固なものね」
 そのうちの一人、マリエッタもため息をつきながらアルドの言葉に反応を示す。
「仕方ないだろうな。ライルは優秀で、イエスズ会にとっては貴重な存在だ。そうそう簡単に首を縦に振ってくれるはずがないだろう」
 ジルベルトはあくまでも冷静に二人の言葉に反応する。
「でも、無駄ではなかったと思います。きっと、私たちの主張は上の方々の耳に少しでも届くと思います」
 リタの答えは、アルドたちとジルベルト、そのどちらかに賛同するわけではない、自分だけの中立の意見だった。
 そんなリタに、マリエッタはうんうん。と頷く。
「それもそうね。私たちも、諦めずに続けましょう」
 マリエッタの言葉に、他の三人は頷いた。


 あれから3日が経った。
 ここにいることが出来るのも、後4日間…。
 ここにいる間に精一杯楽しもうと思っているのに、空気はとてもギクシャクしていて…そんな気分にはとてもなれなかった。
 でも、薙刃たちは積極的にライルに話しかけてきた。
 特に、薙刃はそうだった。
 ここ三日、パンの仕込み作りのためにライルが早起きをして工房に向かうと、薙刃はすでに工房にいる。
 一日目のときのライルの驚き様は半端ではなかった。
『ライル、おはよう!』
『…ッ!? な、薙刃ッ!?』
『どうしたの?』
『…薙刃、俺の頬抓ってみてくれ』
『? うん、いいよ』
ギュッ
『夢…じゃない』
『ライル、ひょっとしてまだ眠いの?』
『違う! っていうか、何で薙刃がこんな時刻に起きてるんだ!?』
『ライルにパン作りを教えてもらおうと思ったんだ!』
 あれから3日間、暇が出来ればライルは薙刃にパン作りを教えている。
 薙刃の学ぶ姿は真剣そのもので、教えているこっち側もやる気が漲ってくる。
 そして今日もライルの指導は始まる。
「そうじゃない。こね方はこうだ」
「こ、こう?」
「違う。こうだ、こう!」
「こ、こう?」
「違ぁぁぁぁう!! ちょっと貸してみろ!」
「やだ! 自分でやる!」
 やがてはパン生地の取り合いになった。
 こんな毎日が、とっても当たり前でとても楽しいと思う。
 ライルは、やはり自分でも分かっていた。
 未練だとか、心残りだとかそういう次元の話じゃない。
 ここはもう”家”と同じような存在だ。
「……」
 あと4日。
 そう考えてしまうと信じられなくなる。
 こんな当たり前のような生活が急遽終わりを告げてしまうなんて…。
 手放したくない。何もかもが…。
『何だ…。結局、俺も薙刃と一緒か…』
 自分の願いも、薙刃と同じようにただの我侭だ。
 そう、思わざるを得なかった。

続く


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