「あと、2日…か」
 何事も無くあれから2日間は経ってしまった。
 そう、本当に何事も無い。
 毎日のように朝早くおきてパンを作り、閉店時間になれば売上金を数え、帳簿にそれを記録して、それで眠りに就く。
 すでに身体に染み付いてしまった一日の生活パターン。
 本当に…早朝に薙刃にパンを教えること以外、何も変わりはしない。
 未練は言えないほどあるというのに…、当たり前のように過ぎていく毎日が今は憎い。
 それは本当に何もかもを忘れさせてくれそうで、近づきつつある現実をライル自身に突きつける。

 そして、今日も何事も無く始まる。
 まだ人の姿もまばらな早朝。
 鎮紅と迅伐はきっと今も夢の世界だろう。
 そんな中、ライルは目覚める。
 視界をボーっとさせながらも、ライルは着替えを始める。
 きっと薙刃はもう工房にいるだろう。
 最近はライルよりもずっと早く起きる薙刃。
 薙刃は早めに寝るから大丈夫だと思うのだが…早く起きすぎるというのも慣れているのなら別だが、数日で急激に早めれば身体に悪い。
 …しかし、ライルは気付いた。
「…あ、そういえば、今日は…休日か」
 休日…。
 そういえば、今日と明日はパン屋が休業だ。
 そして、明後日は自分がここを出る。
 きっと、明後日もパン屋は休業になることだろう。
「薙刃は…」
 ライルはふらりと薙刃の部屋に向かい、そのドアを開ける。
「…いない」
 薙刃が眠っているはずのベッドは空だった。
 ということは…
 薙刃は今日も早起きして、工房にいることになる。
「…仕方ないやつだな…」
 やれやれといった様子でライルは薙刃の部屋のドアを閉めた。
 正直に言えば、薙刃と二人で過ごすあの時間はライルにとっても、楽しいものになっていた。
 しかし、それはライルに現実を突きつける時間でもある。
 ライルは、工房へと向かう。
 薙刃と過ごす時間は、ライルに現実を突きつける。
 それは確かだ。
(でも…それがどうしたって言うんだ)
 あんな薙刃の姿、表情、態度を見て…そんなこと気にしてなんかいられるか。
 そして、自分自身が何度薙刃に救われたことか…。
 自分にとって、薙刃は妹のような存在であり、そしてかけがえの無い存在。
 薙刃のことが好きなのか? と聞かれると、好きと言い切るには難しい立場だ。
 しかし、鎮紅たちとは違う…特別な感じ。
 それが好きという気持ちだといわれれば、納得できてしまうかもしれない。
(いきなりこんなことを考えるなんて…どうかしてるな。俺は)
 そうだ。
 今更こんなことを考えたところで何になる?
 問いかけても誰も答えてくれるものはいない。
 しかし、考えれば考えるほど募っていく思い。
 それは…ずっとここにいたい。そして、戻りたくない。
 という気持ち。
 アルドたちが嫌いなわけじゃない。
 上の人間のことが嫌いなわけじゃない。
 それなら、どうして拒む?
 そう聞かれれば、今なら答えることはできる。
 失いたくないものが、ここにありすぎるからだ。

続く


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