彼女と彼の運命 〜再会〜
考えてもみれば、同じ学校の同じ学年で過ごす人なんだから、そういうことがあっても、仕方なかったはず。
だけど、それは後の祭りというもの。
本当にそういう場に出くわしたら、きっと冷静に対応できる人間なんて滅多にいない。
「あ……」
移動教室の際、迅伐と一緒に廊下を歩いていた薙刃が、ふと何かを見つけたのか、その足を止める。
「……? 薙刃ちゃん、……どうかしたの?」
「あ、ううん。何でもないよ」
「……?」
そう答えられると、ますます迅伐としては怪しいと思わざるを得ない。
密かに彼女が先ほどまで向けていた方へと、迅伐も視線を向ける。
と、そこには……。
彼女にとって見覚えのある、同じく廊下を歩く一人の男子学生の姿。
記憶が正しければ、数日前の始業式で新入生代表として演説していた人間だ。
名前は確か――ライル・エルウッドだったはず。
「……あの人?」
そう言って、迅伐は彼に対して指を指す。
「え……?」
「……薙刃ちゃんが足を止めた理由って」
「ち、違うよ!」
必死に、迅伐の言葉を否定しようとする薙刃。
その必死さから、迅伐は『ひょっとして……』と思う部分もあったが、彼女がそう言っている以上、深くは追求できない。
「……そう」
何ら表情を変えることなく、迅伐は薙刃の反応をその一言で返した。
と、そんな時。
一人の女子生徒が、ライルのすぐ隣に歩み寄ってきていた。
聡明そうな顔つき、さらに、特進クラスから出てきたことから、彼女もまた、ライルと同じくエリート街道を進んでいる生徒の一人に分類されるのであろう。
その片手には、自分たちのものよりも、太い教科書と一冊の方眼紙のノートが握られている。
ライルの手にも、それが握られているため、 恐らく彼らも薙刃たちのように移動教室なのであろう。
(む……)
そんな光景を見て、知らず知らずのうちに、薙刃の足が再び止まる。
しかも、そのことで余計に驚くべきことなのが
ライル自身も、その生徒とは親しそうに話している……ということだ。
苦笑いや笑みを浮かべたりと、彼女との会話によって、彼のその表情の変化が豊かになっているのが分かる。
一体――あの女子生徒は、何者なのだろうか。
そんなことが気になって仕方がない。
実際は彼ら、いや、彼自身の問題なのだから、自分が気にするべきではないのに。
それなのに彼らの関係のことが、無償に気になってしまう。
それが何故なのか、薙刃はまだ知る由もない。
「……薙刃ちゃん?」
再び彼へと視線を向けた彼女が、足を止めてしまったことを疑問に思い、迅伐は彼女に声をかけた。
「…あ、…ごめんね」
「……ううん。……別にいいよ」
そう言って、二人は再び廊下を歩き出す。
「……」
そんな中、ふと迅伐が再び彼らへと視線を向けた。
その顔は無表情のまま変わることはない。はたから見れば、何を考えているかちっとも分からない顔。
だが、そんな彼女を見慣れている鎮紅ならば、ひょっとしたら気付けたかもしれない。
彼女のほんのわずかな表情の変化を――。
「……ライル・エルウッドさん」
そして、彼女の口は小さくそう呟く。
何を意図してのものなのかは、分からない。
ただ、今の迅伐は――何かが違っていた。
「……ライル? どうかしたの?」
「あ、いや。今、見覚えのある顔がいたような気がしたんだが……」
「見覚えのある顔?」
そう言って、ライルの隣を歩くリタは、目を凝らして廊下を眺めてみる。
だが、見覚えのある顔などどこにもいない。
第一、見覚えのある顔といえば、リタにとってはライルとガルシアしかいないのであって、それはライルも同じはずだ。
となると、ガルシアだったのだろうか? と思うが、そんなはずはない。何故なら、つい先ほどまで、彼が教室の中にいるのを、その目で確かめているからだ。
――だとすれば、彼が目にした人物とは一体。
「……」
考えれば考えるほど、リタはそれが気になった。
「……リタ? どうした?」
彼女の様子に異変を感じ、ライルは彼女に声をかける。
彼から見れば、リタはすっかり黙り込んで、なにやら考え込んでいるように見えた。
「……何でもない。気にしないで」
その言葉には、どこか相手を威圧する雰囲気があって……
「あ、あぁ……」
ライルも思わずその威圧感に、気圧されてしまった。
しかし、どうして彼女が、こんな風になっているのか――彼は知る由もなかった。
「えっと……どこに行こうかな……」
舞台は放課後へと移る。
校内をうろつく薙刃の手元には、部活動紹介の紙が握られている。
なるほど、部活動に力を入れているといっていたが、それに相応して、存在する部活動も多種多様である。
探せばどこにでもある、バレー部、バスケット部はもちろん、スキー部、射撃部、乗馬部など、ある意味で興味を引くものなど、それは様々だ。
だが、元々、薙刃はどこの部活に入るべきなのか、決めてはいなかった。
迅伐と同じ部活にしようと思ったが、迅伐はただ一言……。
『……茶道部に入る』
それだけを言って、そそくさとその場から去っていったし――鎮紅は
『私、手先だけは器用なのよ』
とか何だとか言って、手芸部に入ろうとしているらしい。
しかし、茶道部にしても、手芸部にしても、どうにも自分の性分とは合わないと思ったのか、薙刃はそこを見学しようとは思わなかった。
この際、『動物愛好部』だとか何だとか言う部活動にでも入ってやろうか……と、考えているわけである。
理由としては、動物(特に犬と猫)が、この上なく好きなためであるが。
しかし、今はその部活に入るのを望んでいたとしても、そこで三年間過ごすというのは、想像してみると、さすがに抵抗というものを感じた。
と、必死に彼女がそんなことを考えていたそんな時……。
「おい。こんなところで何してるんだ?」
彼女の背後から少し聞き覚えのある男性の声が聞こえた。
それに気付き、そのまま身体を翻すと、そこに立っていたのは――ライルだった。
「あ、ライル」
「『あ、ライル』じゃないだろ。今は部活動見学の時間のはずだが」
「うん。全然、決まらなくて……」
そんな彼女の言葉に、思い当たる節があったのか、『あぁ……』と、彼は小さく頷いた。
「そういえば、ライルは、どの部活にするつもりなの?」
「俺か? 俺は、剣道部だ」
「剣道部?」
何と言うか、その部活動は彼の外観的イメージからはあまり想像もつかなかった。というか、第一、彼は外国人のはずである。
『本当?』と、疑うような視線で、薙刃は彼のことを見つめた。
「……って、何だ。その疑うような目は。……これでも、幼い頃からずっとやっているんだ」
「へぇ……。そうなんだ」
これが英才教育の一環というものなのだろうか? と、薙刃は密かに考えた。
しかし、そうなると、自分と関わりのある人間は、誰一人一緒になることなく、バラバラなまま放課後を過ごすことになる。
となると、寂しくなるのは必死だ。
「あたしは、どうしようかな……」
思わずそう呟く。
みんなと関わりを持てる部活などは、もはや存在しないだろう。だとすれば、せめて一人と関わりを持てる部活に入部したかった。
彼女のそんな呟きは、どうやらライルにも聞こえたようで……
「まぁ、今すぐ決める必要はないんじゃないか? いくつか部活を回ってから、決めたらどうだ? まだ猶予は1週間近くあるんだし」
「……そう、だね」
ライルからの提案に、薙刃も頷いた。
「助言してくれて、ありがとね。ライル」
にっこりと微笑みを浮かべて、薙刃はライルに軽く感謝を述べた。
そんな薙刃の笑みを見るや否や、ライルは彼女の顔から目線を逸らす。
「……別に。大したことは言ってないだろ」
「そんなこと関係ないよ。あたしがお礼を言いたいだけだから」
そう彼女が答えると、ライルは『変な奴だな……』と呟いた。
「むっ。あたしのどこが変なの?」
「いや、別に……。それよりも、俺は剣道部の部室を見学しに行かないといけないんだ。それじゃあな、薙刃」
そう言って、ライルはそそくさと薙刃のいるその場から立ち去っていった。
「むぅ……」
むかむかとした雰囲気を表に出しながら、薙刃は彼の去っていった方へとずっと目を向けていた。
続く