そんなこんなで、約1ヶ月が過ぎ……やがて遠足の日がすぐ間近に迫ってきていた。


彼女と彼の運命 〜遠足前夜〜



「明日はいよいよ遠足だね。ライル」
 学校に着き、席に座るや否や、ライルに話しかけてきたのはガルシアだ。
 ことある事に、穏やかな表情を浮かべ、場を和ませる。
 そんな彼のポジションは、やはりこの場所でも同じのようで、たった一ヶ月経った今では、そのポジションがすっかり定着してしまっている。
「高校生にもなって『遠足』という表現は、語弊があるような気がするけどな」
「はは……。それもそうだね」
 ライルのちょっとした愚痴を、ガルシアは苦笑いを浮かべてそれに返す。
 かといって、それ以外に適切な表現が、ライルの頭の中にはあるわけではなかった。
 『探検』――寧ろ、子供っぽいイメージが浮かぶ。
 『サバイバル』――主旨がすでに変わってしまっているような気がする言葉だ。
 『ピクニック』――もはや論外だ。
 と言った要領で、結局のところ『遠足』に定着するのである。
 と、そんな時……。
「……おはよう」
 二人に声をかける一人の女子。
 それは紛れもなく――リタ・レーンであった。
「おは……よう。リタ」
「おはよう。リタさん」
 心なしか、ライルに向けられるリタの視線が、鋭いように見られる。
 それは紛れもなく事実で、あの日のゴタゴタ以来、何やら二人には微妙な空気が流れているのだ。
 そして、それは今日も変わることはない。
 リタが、その場を立ち去ってから、ガルシアはライルに耳元に向かって囁く。
「リタさんに、真実を言ったらどう?」
 しかし、ライルは首を横に振った。
「それは……まだ無理だ。あいつのことだ。きっと、真実を言ったら……物凄い勢いで詰め寄られるに決まってる」
「まぁ……確かにそうかもね」
 ――凄まじい勢いで詰め寄るリタ
 ある意味見てみたい光景だな……と、ガルシアは心の中でそう思った。
「でも、いつまでも隠してた方が、もっと辛くなると思うよ」
「それは分かってるんだが……」
 ライルにとっては、言うべきタイミングが見つからないと言ったところだろう。
 かといって、もはやリタの疑いの目は確かなところまで来ている。いずればれるのは時間の問題であるのも、確かな話だ。
「まぁ、その判断は、ライル自身に任せることにするよ」
「……そういうことは、お前の方が向いてるんじゃないのか? お前が仲介してくれれば」
「そんなことしたら、ダメだ。最低でもライルの口からじゃないと、絶対にリタさんは怒る」
「……そんなものなのか?」
「そういうものだと思うよ」
 『ふーん……』と、微妙な反応を返しつつ、ライルはそれから少し考え込んだ。


 ところ変わって、ここは1年F組の教室。
 ここも例外ではなく、休み時間となれば、その話で盛り上がっているのであった。
「明日は遠足だね」
「……うん」
 薙刃、迅伐も当然、その内の一人になっていた。
「あたし、今から楽しみだよ!」
「……うん」
 毎度のごとく、冷静かつ端的な答えを返す迅伐であるが、その顔は決してつまらなそうではなかった。寧ろ、薙刃と同じように、それを楽しみにしている様子。
 どうやら今年の遠足は、『自然と触れ合う』だとか何だとかで、山辺の地域に向かってそこを散策するだとか何だとか。
 笑顔を浮かべたまま、薙刃は迅伐に対して再度問い掛ける。
「迅伐は、何が楽しみなの?」
「草……」
 その瞬間、薙刃の笑顔が止まった。
「く、草?」
「……うん。……不思議な草」
 どこからどこまでが普通の草で、どこからどこまでが不思議な草なのだろうか……などと、無駄なことを考えていた薙刃であったが、すぐさまその考えを振り払う。
「何に、使うの?」
「……薬」
「く、薬?」
「……うん。身体にいい……薬」
「へ、へぇ……。そうなんだ」
 冷や汗を浮かべつつ、薙刃は首を頷かせた。
 医薬品ではなく、草から作る薬と言うものは如何ほどのものなのか、妙に気になりはしたが。
 それに、もう一つ気になることと言えば、先ほどとは打って変わって、妙にテンションがあがっているように見える迅伐の表情。
 こんな顔も出来るんだ……とは思ったが、話題を考えれば、ある意味それは問題かもしれない。
「……薙刃ちゃんは、何が楽しみなの?」
「あたし? あたしは……全部楽しみ!」
「全部って……どういう意味?」
「そのままだよ。バスの中で友達と話す時間も、お弁当を食べる時間も、皆で活動する時間も、全部楽しみ!」
「……薙刃ちゃんらしい」
 薙刃の言葉に、迅伐はクスリと小さく笑った。
「そうかな?」
「……うん」
 そう答えると、薙刃はにっこりと笑みを浮かべた。つられるように、迅伐も笑みを浮かべる。
 彼女たちからしてみれば、ようやくお互いの性格などがわかり始めた時期なのだろう。
「……そういえば、薙刃ちゃんは、誰と行動するの?」
「うん……。本当は迅伐と行こうと思ってたんだけど、一人の方がいいよね?」
 『草探し』だったもんね……と、薙刃はそれに言葉を付け足す。
 それに対して、迅伐は、遠慮がちに頷いた。
 彼女にとっても、薙刃と一緒に動きたいのだろうが、自らの目的のために、彼女がいると限界があるためだろう。
「……鎮紅ちゃんとで、いい?」
「うん。同じクラスの子の方が優先だから、出来たらでいいよ」
「……分かった」
 とは言いつつも、鎮紅のことだと、クラスの仲間と約束をしていてもほとんどの可能性で、薙刃との行動を優先するであろう。
 つくづくそんなことを勘付きつつも、迅伐は頷いた。





「……そんなことがあったのか」
「うん。迅伐も楽しみにしてたみたい」
 隣を歩き、薙刃の話に反応しているのは、ライル・エルウッド。
 今、二人は部活を終え、帰宅途中の真っ最中と言ったところだ。
「あいつは、何事にも無関心そうにも見えたんだが」
「……ライル、それ、迅伐に失礼だよ」
「……悪い。でも、そうは見えないか?」
「今度、ライルがそういうこと言ってたって迅伐に言っておくね」
「いや、やめてくれ。……俺が悪かった」
 ライルの頭に思い浮かんだのは、彼女のあの怪力。
 あれを長時間続けられていたら、握りつぶされる……と言う表現は行きすぎだが、そんなことになってもおかしくはないだろう。そこに怒りの感情がこもれば尚更だ。
 しかし、薙刃はまだ彼女のその怪力のことを知らない。
「だったら、お前は明日、誰と回るつもりなんだ?」
「うん。明日は鎮紅と回ることになったの」
「鎮紅? ……そんな奴、お前と同じクラスにいたか?」
「いないよ。違うクラスだもん」
「違うクラスよりも、同じクラスの人間を優先させろとか言われてなかったか?」
「うん。だから、迅伐にそう断りを入れてから、誘っておいてって言ったんだけど」
 迅伐曰く、鎮紅は即答だったらしい。
 断りを入れようが、入れまいが、その答えは決して変わることはなかったそうだ。
 ある意味、嬉しくはあるが、同じクラスの人に対しては気が引けると言うものだ。
「まぁ、それはお前にそれだけ人望があるってことだ。気にする必要はない」
「でも……」
「寧ろ、お前が迷ってたら、色々な人間に迷惑がかかる」
「色々な人?」
「あぁ。まず、鎮紅って奴にも、それに迅伐にも、以前組んでた同じクラスの人間にもな」
「そ……っか」
「それに、そんな気分で、遠足を迎えても、素直に楽しめるわけがないだろ」
「そう……だね」
 ライルの言葉に、薙刃は頷いて返す。
「ありがとう。ライル。何だかすっきりしたよ」
「そうか……。それはよかったな」
 そんなことを言っているうちに、二人は薙刃の家の前までたどり着く。
 学校からここまで数kmあるというのに、そんなに時間が経ったようには思えない。
「ライル、毎日、ありがとう」
「気にするな。こっちも暇人だからな」
「そうなの?」
「普通、そうだろ」
 そう会話をしつつ、薙刃は自分の家の方へと自転車を進める。
「ところで、明日、ライルは誰と回るの?」
 そんな中、薙刃が身体を振り返らせて、ライルにそう尋ねる。
「ガルシアとだ。お前も知ってるだろ?」
「ひょっとして……ライルが連れてきた男の人?」
「あぁ、そうだ」
 『ふーん……』と、薙刃は声を漏らした。何とも微妙な反応であろうか。
「じゃあ、ライル。また明日」
「あぁ。じゃあな。薙刃」
 そう挨拶を交わし、薙刃は家の中へと入り、ライルは自転車を進める。
 それが、もはや二人の常識となっていた。


 遠足まで――あと数時間。



続く