ここはとある森の中。

 少しばかり陽が下がって、辺りは夕日に照らされオレンジ色に染まっていた。

 薙刃のレーダーに反応があり、あのワープを使ってここに来たわけである。

 そして数分後、ここで喰を発見した。

 そして数分前から、戦闘を繰り広げているわけである。

「ライルくん! 下がって!」

 喰の攻撃に備えて、鎮紅がライルの前に出る。

 そして、自らを鏡へと憑依させるとライルと敵との間に結界を張る。

「ギシャァァァァ!」

 遅れて喰が、ライルに向かって攻撃(体当たり)をするが鎮紅の結界がそれを許さない。

 喰の体は弾かれて、ドンッと辺りに衝撃が起こる。

 落ちた衝撃で、メキメキと木々が倒されていく。

 さすがに早めに決着をつけるべきだとライルは考え、薙刃に呼びかける。

「薙刃!」

「はいはーい!」

 ライルの呼びかけの意味を理解した薙刃は、すぐに反応する。

『宿れ!』

 ライルがそう言うと、薙刃の体はゆっくりとライルの持つ剣へと憑依した。

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 鎮紅の結界を抜け出して、ライルは喰へと向かって突っ込む。

「ギシャァァァァァ!」

 だが、喰は体勢を取り戻すと、体ごとライルへと突っ込んでいった。

 ライルは、そんな攻撃を自らの剣を使って受け止める。

 だが、思ったより喰の力が強く、ザザッと徐々に後ろへと押される。

「くっ!!」

「ギシャァァァァァァ」

 ライルは何とか喰を押し戻そうと試みるが、その細い腕で巨体の喰の攻撃を押し戻すことは不可能だった。

「ライル!」

 薙刃も心配して、剣に憑依したまま声を上げる。

(木に打ちつけるつもりか?)

 ライルは、一向に押すことをやめない喰の攻撃の意図を探っていた。

 だが、ライルの予想はもろくも外れる。

「ライル様!」

 迅伐の声が聞こえたときにはすでに遅かった。

「なっ……」

 急に体中が変な浮遊感に襲われたかと思うと、身体がゆっくりと倒れていく。

 だが、そんな感覚が襲ったのも一瞬だった。

 瞬く間に、重力にそって身体が急降下を始める。

 何の抵抗もできない。

 ただ視界に写ったのは、急いでこっちに向かってくる鎮紅と迅伐の姿だった。

(崖だったのか……)

 ライルは、ようやくここで喰の攻撃の意図を知った。

 だが、気づいたところでもう遅い。

 瞬く間に、ライルの体は崖の下へと消えていった。

 それを追ってか、喰も鎮紅たちを無視して崖の下へと飛び降りていく。

「なっ!?」

 鎮紅が喰の行動に驚き、そう声を上げたときには全て間に合わなかった。

 どうやら、喰は崖から落ちたライルにとどめを刺そうと考えているようだ。

 ライルさえいなければ、自分を倒すことはできない。

 恐らく、喰はそう考えたのであろう。

「ライルくん! 薙刃!」

 崖の上では、鎮紅たちが不安そうにライルが落ちていった崖の下を見つめていた。

 

不安

 

(俺は……死んだのか?)

 何も見えない。何も感じない。

 ただ、視界に写るのは漆黒の闇。

 光すら感じ取れない。まるで……。

 昔の自分の心のようだった。

「……ガルシア?」

 漆黒の闇の中に、見覚えのある一人の人影が見えた気がした。

 ライルはゆっくりと、人影が見えたほうへと走っていく。

「ガルシア!」

 人影は、ライルの声に返事をするかのように手をさし延ばす。

 だが、ライルが手を差し伸ばすと、その手はスゥーッと遠くへ離れていった。

「なっ!?」

 そればかりか、ガルシアの影も遠く離れていく。

 ライルは、その影を追いかけて必死に走った。

 だが、その影には一向に追いつけない。

(待ってくれ……。俺は、俺は……)

 もう、こんな漆黒の闇にいたくなかった。

 だが、ガルシアの影はやがて完全に漆黒の闇へと同化していった。

「はぁ…、はぁ…」

 漆黒の闇の中に、ライルは完全に一人になってしまった。

 強い孤独感が、ライルに襲い掛かる。

(嫌だ……。一人は嫌だ……)

 地面にうずくまって、ライルは嘆いた。

 その瞬間、漆黒の闇の中に小さな光が生まれた。

「……」

 自然とライルは立ちあがり、そちらの方向へと歩く。

 そして、ライルの身体が完全に光に包まれた。

 

「……」

 目が覚めると、ライルの視界一杯に森が広がった。

 月の光が地上を照らし、空一面真っ暗になっていた。

 パチパチと木々の燃える音も、ライルの耳に届いた。

 だが、それも一瞬だった。

 見覚えのあるピンク色の髪が視界に写ったかと思うと、次には見覚えのある顔がライルの視界一杯に広がった。

「ライル!」

 思わず彼女はライルの胸に抱きついた。

「薙…刃……」

 やっと少女の名前が出た。

 そんな間にも、薙刃はライルの胸に強く抱きつく。

「よかっ…た……。ライ…ル、死んじゃっ…たと…思った」

 涙のせいで、薙刃の言葉が途切れ途切れになる。

 ライルは、そんな薙刃に言い聞かすようにポンポンと頭に軽く触れる。

「大丈夫だって。そんなに簡単に死ぬわけないだろ?」

「でも!」

 薙刃はライルの言葉に反応して勢いよく顔を上げた。

 目元には涙を浮かべ、真剣にライルのことを心配しているのが見て取れた。

 思わずライルの胸が熱くなった。

 こんなに心配してくれる人が、すぐ近くにいる。

 そう、確信できたから……。

 ライルは優しい眼で、薙刃を見つめる。

 薙刃は何か言おうとしていたが、服の裾で涙を拭うと笑って言った。

「……ううん。そうだね!」

 やっといつも通りの薙刃が見れた感じがした。

 薙刃が抱きついたまま、ライルはゆっくりと体を起こす。

 一瞬足に痛みが走るが、ライルは顔を少し歪めただけだった。

「そういえば……、喰は?」

 言ってみて、周りの風景をライルは確認する。

 完全に森の中だった。どうやら、落ちた崖からは離れた場所らしい。

「わかんない……。さっきまで追いかけてきてたけど、今は遠くにいるみたい」

 どうやらあの喰は、夜にはあまり活動しないらしい。

 薙刃の喰レーダーは相変わらず立ったままだった。

 だが、ここでライルは薙刃のある疑問にたどり着く。

「おい。薙刃。追いかけてきたって……。まさか、お前……」

 ライルには、先ほどまでまったく意識がない。

 となれば、一つしか答えはなかった。

「うん! ライルを背負って、逃げてたんだよ!」

 その言葉に、ライルは少なからず驚愕した。

 いくら憑依中の薙刃と言えども、落ちた衝撃で少しばかり怪我をしたはずだ。

 それなのに、自分を救うために、自分をわざわざ背負って逃げていたのだ。

「本当によかった! ライルが生きててくれて……」

 薙刃は甘えるように、強くライルに抱きついてくる。

 いくら言葉を捜しても足りない。

 薙刃の行動と言葉は、ライルの心を打った。

 ライルは、薙刃の背中に手を回して強く抱き寄せた。

 薙刃は驚く素振りもみせない。

 ギュっと胸に強くしがみついている。

 ライルは耳元に口を持っていくと、小さく呟いた。

「薙刃……。ありがとう。俺を助けてくれて……」

 ぶんぶんと薙刃は頭を振る。

「ううん……。ライルは仲間だもん! 助けるのは当たり前だよ!」

 薙刃にとっては、確かに当たり前のことかもしれない。

 だが、ライルにとっては、充分温かいそんな行動だったことに変わりはない。

 薙刃の言葉に答えるかわりに、ライルは薙刃の背中に回した手をより強くした。

 元々近づいていた二人の身体が、完全に密着する。

 互いの呼吸も分かれば、心臓の鼓動も体の柔らかさも伝わってくる。

「……」

「……」

 完全に相手を意識してしまって、すっかり二人は沈黙してしまう。

 自分で行ったことだと意識してしまい、顔を少し紅く染めるライル。

 そして、冷静になってみれば自分の行動がどれだけ大胆か気づき、動くすることすらできなくなってしまった薙刃。

 この状態を抜け出そうと、ライルは手を離すという選択肢すら思い浮かばず、考えてしまうし、薙刃に至ってはライルの胸に顔を埋め込んだまま動かなくなっている。

 話し出すきっかけすら、二人には見つからない。

「あ、あのさ……。ライル」

 勇気を出して、薙刃が話し出す。

「な、何だ? 薙刃」

 やはりライルも落ち着いていないようで、薙刃と同じく声が上ずっていた。

 心なしか、少しばかり頬も紅い。

 だが、話しかけたのはいいが、何を言えばいいのか薙刃には考え付かなかった。

 「離して」と言えば、ライルは確かに離してくれるかもしれない。

 でも、そんなことを言えばライルが傷つくかもしれない……。

 と、薙刃は考えた。

 それに……、ライルの胸の中は温かくて、心地がよかった。

 ライルさえよければ、ずっとこの胸の中にいたい……。

 そんな薙刃の心境が、言葉にも出た。

「ライルの胸って……温かいね」

「そ、そうか?」

 自分では分かるはずも無く、ライルは疑問の声を上げる。

 そんなライルの反応に、薙刃は小さく

「うん……」

 と答えた。

 それだけを言うと、薙刃は再び顔をライルの胸に埋めた。

「……」

 ライルは気恥ずかしそうに、頭をポリポリとかいた。

(まさか……、俺も。とは言えないしな)

 そう。ライルも、薙刃と同じことを思っていた。

 だが、さすがに言うのは恥ずかしく、心のうちに秘めていたのだ。

 幸いにも、鎮紅たちがいないことだけが幸運だったかもしれない。

 心配してくれているであろう鎮紅たちには悪いが……。

 喰が近くにいるかもしれないというのに、この二人はまったくそんなことを気にしてはいなかった。

 

「……そろそろ寝るか?」

 さすがにバツが悪くなって、ライルは未だに抱きついたままの薙刃にそう問いかける。

 そう。時刻としてはとっくに遅いはずだ。

 薙刃が言うには、自分はかなり気絶していたはず。

 喰と戦っていたのが夕方ぐらいだったから、もうすでに寝ていてもいいはずである。

「うん。でも……」

 何かを心配するかのような薙刃の言葉。

 ライルはそれを感じ取り、答える。

「大丈夫だ。足だって……あんまり大したことないしな」

 そういって、ライルは足を上下に動かす。

 どうやら折れてはいないらしく、足の痛みは少しずつ引いていた。

 そんなライルの様子を、安全だと捉えたらしく薙刃は安心したように言う。

「うん。それじゃぁ、私、ライルがちゃんと寝れるように見張ってるね」

 二人にとっても野宿というのは、ほとんど始めての経験だ。

 喰を倒しにいっても、大体が日帰りで帰れたものだった。

 だが、戻り方すら分からないこの状況では、野宿以外に睡眠の方法がない。

 それは、二人には分かりきっていたことだった。

 だからこそ薙刃は、元気な自分がもしものときに備えて怪我をしてるライルを助けてあげよう。と思い、そう言ったのである。

 薙刃はライルの胸から手を離し、少しばかりライルから離れようとする。

(あっ……)

 ライルの中に夢の中の光景が甦る。

 薙刃が離れていったことで、ライルの心のどこかに寂しさがこみ上げた。

「ライル?」

 薙刃が声を上げたと同時に、ライルは自分の意識の無い行動に驚いた。

 自分の手が離れていく薙刃の手をしっかりと掴んでいた。

 薙刃が離れていく。まるで夢の中のガルシアのように……。

 このまま、また一人ぼっちになってしまうのか。

 こんな暗い森の中でただ一人……。

 そんなのは嫌だった。寂しかった。

 そして、気づけば自分は薙刃の手を掴んでいた。

「どうかした……?!」

 薙刃が疑問の声を上げようとしていたとき、ライルは彼女の腕を引っ張り、そして……。

 自らの胸の中に、彼女を閉じ込めた。

「ら、ライル?」

 さすがの薙刃もライルの行動に驚く。

「悪い。今日だけは…、このまま……」

 頼むように、ライルは薙刃に言った。

 ただ薙刃の温もりを感じていたかった。

 一人になりたくなかった。

 そんな心が、ライルを動かした。

 薙刃はしばらく動かなかったが、ゆっくりと口を開いた。

「うん…。いいよ……」

 そういうと、薙刃はライルの腰に手を回し、目を閉じる。

「おやすみ…。ライル」

 薙刃はライルに呟くようにそう言った。

 しばらくすると、整った寝息が薙刃から聞こえてくる。

 それを確認して、ライルはホッと小さく安心する。

「……おやすみ。薙刃」

 軽くポンポンと薙刃の頭を叩くと、ライルも目を閉じた。

 目を閉じる瞬間に、喰の気配を確かめながら……。

 

 

 

 

 

「ん……」

 ゆっくりと意識を覚醒していくライル。

 目を開けてみると、あたりはすっかり明るくなっていた。

(寝すぎたか……)

 まったく喰がもう動き出しているかもしれないのに……。

 ライルは自分の不注意を恥じた。

 ふと、ライルは視線を落としてみる。

 そこにはいまだしっかりと自分の腰に手を回し、すやすやと眠っている薙刃の姿があった。

(まったく……)

 ぐっすりと眠ってしまったのは、ひょっとしたら薙刃のせいかもしれない。

 薙刃が近くにいてくれると思っただけで、安心できたから。

 単純かもしれないが、自分にはそんな理由だけで充分だった。

 そう思うと、自然とライルの頬が緩まり、彼は小さく笑った。

 だが、このままでいるわけにもいかない。

 喰はまだ近くにいるはずなのだ。

 倒していないかぎり、恐らく自分たちをずっと狙ってくるだろう。

 喰の場所を知るためには、薙刃に起きてもらわなければならない。

「薙刃」

 ライルは、小さく呼びかける。

「ん……」

 薙刃は身を捩らせた。

 どうやら、ライルの声は聞こえているらしい。

 それを確認すると、ライルは薙刃の体を小さくゆすった。

 しばらくすると、眠たそうに目を擦りながら薙刃が目を覚ます。

「あっ。ライル、おはよう!」

 どうやら意識がはっきりしたらしく、笑いながら薙刃は言う。

 だが、ここで二人は気づく。

 先ほどまで、体をくっつけて寝ていた二人である。

 そうやって会話していると、自然とお互いの顔がすぐ近くまで近寄っていた。

 恋人同士だったら、このまま熱い口付けをするかのように。

 二人は一瞬で体を離しあった。

「……そ、そういえば、喰は?」

 離れてからすぐでは、さすがのライルも落ち着くはずが無い。

「う、うん……。何か少しずつ近づいてきてるみたい……」

 薙刃の言葉で、ライルに緊張が走った。

「どれくらいのスピードだ?」

「分からない……。でも、近づいてるよ。少しずつ」

 ライルは、その言葉を聞くや否や、立ち上がろうとする。

 だが……

「うっ!」

 立ち上がった瞬間、膝に痛みが走り、ライルはガクリと膝をついてしまう。

「ライル!」

 心配して、薙刃がライルに近寄る。

「だ、大丈夫だ」

 とは言うが、どうやら足の痛みはかなり強いらしい。

 足の怪我というのは、大体二日目の痛みが一番酷いのだ。

 何度か立ち上がろうと試みるが、やはり無理だった。

 だが、ライルは何度も立ち上がろうとする。

「ライル! 無理しちゃダメ!」

 薙刃が大きな声を上げる。

「無理しなきゃいけな……「ダメなものは、ダメ!」」

 ライルの言葉も、薙刃は遮る。

 その表情は真剣で、どこか怒っているようにも見えた。

「ライルは無理しすぎだよ! そんな足で無理したら、一生歩けなくなるかもしれないよ!」

「……」

 確かに薙刃の言うとおりだった。

 もし、骨が折れていたりするのなら、無理をすれば脊髄を傷つけ歩けない体になってしまう。

 だが、無理をしなければ……自分は足手まといになってしまう。

「肩、貸してあげる!」

「え?」

 気がつけば薙刃はライルのすぐ隣まで近寄っていた。

 驚くライルの右手を掴むと、薙刃は自らの右肩にその腕を通した。

「な、薙刃!」

 怒るようにライルは声を上げるが、今の薙刃には無意味だった。

 薙刃はライルの言葉に返事することなく、ズンズンと先へと進んでいく。

「……」

 どうやら従うしか他に方法がないらしい。

 そう考えたライルは、薙刃に動きを託すことにした。

 

「「……」」

 二人とも無言で森の中を歩く。

 薙刃は何も言わないが、恐らくドンドン敵が近づいているのだろう。

 徐々に薙刃の顔色が、悪くなっている気がする。

「……大丈夫か?」

「うん。平気だよ!」

 そういうが、薙刃の顔には疲れが少しばかり見えていた。

 薙刃を心配して、ライルがもう一声出そうと思ったときだった。

「ギシャァァァァ!」

 近くで喰の声が聞こえた。

 いや、近くどころではない。ライルの視界にくっきり喰の姿が映った。

 追いつかれた……。それは明確だった。

「くっ……!」

 ライルは薙刃の肩から手を外し、剣を抜こうとした。

 だが、すでに足の痛みは耐えれるほど軽いものではなくなっていた。

 ガクッと大きく膝をつき、地面に座り込んでしまう。

「ライル!」

 薙刃の心配する声が聞こえる。

 だが、刻々と喰はこちらに向かって走り出していた。

 立ち上がれない。剣も抜けない

(ここまでか……)

 もうダメかと、ライルは考える。

 喰の身体がすぐ近くにまで迫る。

 そのときだった。

「ライル!」

 目の前に突然影が出来たかと思うと、ライルの視界に薙刃の姿が映る。

(えっ?)

 わずかな時間がまるでコマ送りのように進んでいく。

 喰の体は刻々と自分をかばった薙刃に向かってきている。

 薙刃は無防備。何一つ喰の攻撃を防ぐ手立てはない。

 このままでは……薙刃が

「薙刃ッ!!」

 気がつけばライルは叫んでいた。

 必死になって、薙刃を救いたいと思って……。

「ッ!…」

 近づいてくる喰を相手に、薙刃は目を瞑る。

 避けれない。いや、避けるつもりもない。

 ライルを守らなきゃ! 

 薙刃の意思はそれだけだった。

 喰が薙刃の数cm先まで近寄る。

 その瞬間だった。

 バチッ!

「えっ?」

 喰の身体が、後ろへと吹き飛ぶ。

 恐る恐る薙刃が目を開けると、そこには見慣れた結界があった。

「ライルくん! 薙刃!」

 喰の攻撃を防ぎ、憑依から元に戻った鎮紅が心配の声を発する。

(よか…った……)

 鎮紅たちが間に合ったことに、ライルは安心した。

 いや、正確には……薙刃が助かってくれたからかもしれない。

 心の底から、ライルは安堵した。

「ライル様……」

 迅伐の声が、ライルのすぐ後ろから聞こえた。

 ライルはゆっくりと迅伐のほうに向くと、彼女の言おうとしていることを彼は感じ取った。

(チャンスは一度きり……)

 喰を倒せるチャンスは一度だけ…。

 その瞬間に、迅伐の憑依を借りて一気に近づき喰を倒す。

 ほとんど動くことのできないライルには、一度が限界だった。

 必死に喰の攻撃を防ぐ鎮紅に感謝しながら、ライルは冷静に喰の動向を見つめる。

 薙刃もライルのすぐ近くまで歩み寄っていた。

「ライル……」

 薙刃の言葉にも、迅伐と同じような意思が読み取れた。

 それと「無理しないで!」という気持ちも同時に読み取れた。

(あぁ……)

 薙刃の言葉に、ライルは心の中で同意する。

 チャンスは一度。鎮紅の結界で喰が体勢を崩したとき……。

 そして、そのチャンスはやがて訪れた。

 鎮紅の防御によって弾かれた喰が、ドシンと地面に尻餅をついたのだ。

(今だ!)

 迅伐も薙刃もそれをチャンスと見て、一気に憑依する。

「ライル様……」「ライル!」

 ライルは一気に立ち上がる。

 激痛が走ったが、それぐらいであきらめるわけにはいかない。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 凄まじいスピードでライルは喰に近寄ると、薙刃の憑依した剣で喰を斬った。

「ギャァァァァァ!」

 喰の身体が、少しずつ消えていく。

「や…った……」

 消えゆく喰の姿を確認して、安堵したライルはガクリと膝をつく。

「ライル!」

 意識がどんどん離れていく。

 薙刃の声が聞こえたが、その声も少しずつ遠くなっていった。

 

 

「ん……」

 瞼がゆっくりと開かれる。

 見慣れた天井。

 どうやら、ここは自らが暮らしているパン屋らしい……。

 起き上がろうと思って、体を起こそうとする。

 だが、足に痛みが走ってやはり立つことは不可能だった。

 そのとき、ガチャリと部屋のドアが開く。

「あっ。ライル! 起きたんだ!」

 薙刃だった。

 薙刃はライルの寝ている隣に腰を下ろすと、坦々と喋りだした。

「ライルの怪我、結構酷いんだって。1ヶ月ぐらいは、元通りには歩けないだろうって。お医者さんが言ってたよ」

「そうか……」

 薙刃の言葉をライルは簡単に受け入れる。

 あれだけ無理をしたのだ。

 元々軽かった怪我でも、酷くなるに決まっている。

「パン屋、1ヶ月は休業だね……」

 少し悲しそうに薙刃が言う。

 パン屋を開くことが夢だった薙刃のことだ。悲しいに決まっている。

「悪い……。俺のせいで」

 申し訳無さそうにライルは謝る。

「ライルが謝ることじゃないよ! 怪我したら仕方ないもん!」

 薙刃のその言葉は、ライルの気持ちを楽にした。

(ありがとう……)

 気づくには遅すぎたかもしれない。

 薙刃に、かなり自分が救われているということに。

一人でいたときの寂しさが、少しずつ薙刃のおかげで薄れているということに。

 いざ一人になるかもしれないと思ったら、薙刃のことを頼りにした。

 薙刃のことを、喰から守りたいとも思った。

 それだけ自分にとって、薙刃の存在が大きかったということにも。

「薙刃……。また、一緒に寝ないか?」

 ライルの言葉に、薙刃は驚いたような素振りを見せるが、すぐに笑って言った。

「うん……。ライルがよかったら、いつでもいいよ……」

 俺は誓う。

 この笑顔がいつまでも途切れることがないよう……、自分が守ると。

 

終わり

 

あとがき

うわぁ。天やおシリアスですよぉ。案外、いい?(笑

ライ薙だと、シリアスでも書けるというこりゃぁ、またびっくりな事実。

 書いてて、「あめぇー」と自分でも思いましたよ。

 とりあえず、薙刃に甘えまくるライルを書いてみました(笑