「えへへ……。ライル、あーん……」
「……あーん」
 甘い空気が、居間の中を取り巻く。――とは言っても、この場所には彼らしかいない。
 そして、そんな空気を作り出しているのは、ここで暮らす住民のうちの2人。薙刃と、ライルである。
 生憎と彼ら以外は、買出しや定期報告などが重なって外出中。
 ということで、今この時、このパン屋には彼ら以外の人間はいないのであって。
「――おいしい?」
「あぁ。おいしいよ」
「――えへへ」
 と、薙刃はにんまりと頬を緩ませる。
 まぁ、恋人同士には当たり前のことであって、数年来の思いがようやく通じ合った彼らと言うこともあって……
 要するには、彼らはいちゃついているわけである。そりゃもう、人様には見せられないほどに。

 ――そもそもの始まりは、3日ほど前のことになる。
 話せば物凄く長くなるが、簡潔に言えば薙刃がライルに告白したのである。
 まぁ、そもそもの発端は――恐らく、ライルの本国への送還。
 薙刃たちとライルたちが離れ離れになったのは、わずか数週間。
 だが、薙刃にとっては、それは耐えられない日々だったらしく……。
(――ライル。……会いたいよ)
 と、思いを巡らした結果、今まで気付かなかった自分のライルに対する思いを知ったそうだ。
 ――と、後に彼女は語る。

 日本からこちらへと居を移して、もはや1年が経とうとしていたが……。
 薙刃の気持ちは、やがて抑えきれなくなって――ついに先日、ライルに告白したということ。
 ――そして、めでたく今は恋人同士という仲になったわけだが。

「じゃあ、今度はライルがあたしに食べさせる番だよ!」
 と言って、薙刃は楽しそうに表情を緩ませて、ライルの目を見つめた。
 彼もそんな行為に、満更でもない様子で……
「分かった、分かった」
 そう言って、彼は先ほどから食べあっている薙刃が作ったパンの一部分を手で千切った。
 そして、それを彼女の口へと運ぶかと思えば……

 それを――自分の口に含んだ。

「…………?」
 薙刃は、そんな彼の行為に一瞬、小さく首を傾げる。
 だが、次の瞬間には……
「ん……っ!?」
 ライルの唇が、強引に薙刃のそれと重なった。
 薙刃は突然のことに、反射的に暴れようとする。
 そんな彼女の身体を力づくで押さえつけ、その口内へと自らの舌を滑り込ませた。
 その瞬間、彼女の身体はビクッと大きく震え、抵抗する力も弱まっていく。

 それを確認してから、彼は彼女の口内へと先ほどのパンを流し込んだ。
「ん、っ……」
 唾液によってほどほどに溶かされたそれは、薙刃の喉をゆっくりと通っていく。
 ――そうして、お互いの感触をしばらく味わった後
 音を立てて、二人の唇は離れあう。
「ライ、ル……」
 ライルが目をやった薙刃の頬は薄く桃色に染まり、その瞳は熱を帯びたかのように蕩けている。
 彼女自身はまったく気付いていないのだろうが、その姿は彼の理性を擽らせる。
 ――少なくとも、今の彼らに、その気にさせるのには十分なほどに。

「薙刃……」
 ライルは、彼女の身体をゆっくりと床へと押し倒す。
「ぁ……」
 彼女の表情には、一瞬戸惑いの色が浮かび――すぐさま、羞恥心のせいか、顔がますます紅潮していく。
 背中には畳の感触。そして、目線の先には――真剣な瞳のライル。
 そんな彼の手が、彼女の羽織る服の一番上のボタンへと手を掛け……



 ――ガチャッ



「ライル。私の資料知ら……な、い」




 ――沈黙。




 ライルたちも、ドアを開けて居間に入ってきた人物――リタも。

 部屋に入ったリタの目の前に広がっていたのは、

 ――ライルが薙刃を押し倒している姿。
 そればかりか、彼の指は薙刃の服の一番上のボタンを外していて――
 さすがのリタも、今まさに何が起ころうとしていたのか察して――
「……ご、ごめんなさい」
 と、ゆっくりとドアを閉めて、すぐさまその場から姿を消してしまった。

「……えっと」
 突如として空気が気まずくなり、ライルは思わずそう言葉を漏らした。
 そんな彼の瞳を、薙刃はジッと見つめる。
「……な、何やってんだろうな。俺は。あ、あはは……」
 と、小さく乾いた笑みを漏らし……たところで。
 ――薙刃の指が、キュッと彼の服を掴んだ。
「ん……?」
 ライルの瞳が、自然と薙刃へと向けられる。
 すると、彼女はいつもとは違い、弱くか細い声で……
「――やめちゃ、やだ……」
 ――そう、言葉を紡いだ。
 ライルはそのことに、少なからず戸惑いを覚えた。
「――いい、のか?」
 そんなライルの言葉に、彼女は小さく頷く。
「――うん。好きにしていいから……」
「薙、刃……」
 そうして、ライルは再び薙刃へと自らの顔を近づける。


 そんな彼らの間近で
「――ケダモノ」
 ドアを背にして、座り込みながら
 ――そう、リタは小さく呟いた。


終わり


あとがき
 ――と、早速ながら書いてみました。
 ライルと薙刃のいちゃいちゃ……というか、これは密かにとある方よりリクエストを頂いた品ですが。
 ……どれぐらいなら大丈夫かなぁと思いつつ書いていますと、大体限界でこれぐらいでしょうね。
 バカップルというのを書くのは、ある意味久しぶりなので……少し恥ずかしくもありましたが。
 ――でも、面白いですよ。こういうのも(笑)
 では、今日はこの辺りで。