一緒にいようよ

 涼しき春風が彼の身体を通り抜ける。
「……ふぅ」
 家の縁側に腰掛け、ライルは庭の景色をしばし眺める。
 薙刃たちが趣味?で密かに育てていた花々は見事に咲き誇り、常に質素であった景色は、思わず目をやってしまうほど美しきものへと変貌を遂げていた。
 と、そんなところに現れる一つの影。
「あ、こんなところにいた!」
「ん……?」
 ライルが顔を振り返らせ、その姿を確認する。
 やってきたのは、薙刃だった。そして、その両手にはまっ白な三つの団子が刺さった串団子が二本ずつ握られてある。
「さっきから探してたんだよ」
 そう言って、彼女も同じように縁側へと腰を下ろした。ライルから見れば、右手側にだ。
「はい。これ、ライルの分」
「あ、あぁ。ありがとう」
 そうして、片手に握られた二本の串団子を、ライルへと手渡す。
 ライルがそれを受け取ると、早速彼女はもう片方の手に握られた団子に食らいつきはじめた。本当に――パクパクという、音が鳴っているかのように。
 そんな彼女の食べ様に苦笑を浮かべつつ、ライルもその串団子を口へと運ぶ。
 ――おいしかった。
 ほどよい甘さと、しっかりとした弾力。これほどであれば、店に出しても売れるのではないかと思う。
 ――いや、ひょっとすると、これがあの甘味処の団子ではないだろうか、とライルは考えた。
「これ、ひょっとして、さくら亭で買ってきたのか?」
 そう尋ねると、彼女はその手を一旦休め、首を横に振る。
「ううん。あ、でも同じかな。かりんのお父さんに教えてもらったから」
「へぇ……。って、そんなこといつの間に……?」
「えへへ。秘密、だよ」
 小さく笑みを浮かべ、彼女は二本目の団子を口へと運ぶ。ついでに、ライルはまだ一つしか団子を平らげていない。
(相変わらず、早いな……)
 もはや、そのことにツッコミを入れる気すら湧き上がらない。そして、彼女の食欲に慣れてしまった自分のことが悲しく感じられる。
 そんなうちに、ライルと同じように庭の景色に目を向けた薙刃。
「綺麗だね」
 そう、彼女の口から言葉が漏れる。
「あぁ。そうだな」
 と、彼女に返すように、ライルもそう言った。
 そうして、二人の間には会話がなくなる。だけど、それはとても心地よくて、気まずいだなんて思うことはなかった。
 春風に吹かれ、庭の花々がサァーッと音を立てて戦ぐ。
 二人の鼻を掠める、甘い花の香り。


「――来年も、こうやってライルやみんなと一緒に居られるかなぁ」
 唐突に、薙刃は声を漏らす。
 その言葉に促されるように、ライルは彼女へと目を向けた。
「どうしたんだ? 急に」
「……あはは、ごめんね。でも、ちょっとだけ考えちゃうんだ」
 そう言って、彼女は苦笑いを浮かべ、僅かに顔を俯かせる。
 言葉の続きを促すように、ライルの口は何も言わない。ただただ黙って、彼女の言葉を待つ。
「……あたしはみんなと一緒にいられる毎日が大好き。だけど、いつまでもそれが続かないことだって分かってる」
「…………」
「――もちろん、あたしはずっとここに居たいよ。だけど、ライルだって、他のみんなだって。……それに、あたしだって。これから先、ずっとここに居られるとは限らないんだよね」
「…………」
「――あはは。こんなことを考えるなんて、あたし……欲張りかな」
 そこまで言って、彼女は顔を上げた。その顔には、苦笑いが浮かんだまま。

 ――吹き抜ける風が、彼女の髪を優しく撫でる。

 ライルは彼女の言葉を真剣に受け止めた。
 彼女の望み。それは隠していた己の気持ちと同じもの。
 だけど――人は変わっていく。
 目の前にいる彼女はもちろん、きっと――自分も。そうなったら、自分だってここにずっといられるとは限らないのだ。
 もし、その時既に、彼女が――皆が居ないのであれば、それは構わないかもしれない。

 ……だけど

 皆とずっと一緒にいることを望む彼女がここに居る時、もし自分の運命がここと――彼女と自分を離れさせるものだとしたら
 ――彼女は、どんなに悲しむだろう。

 彼女のことだ。きっと、送り出すときはずっと笑顔でいるに違いない。
 だけど、その後は? その内心は?
 想像するだけで痛々しい。――すぐにでも涙を流したいに決まっている。
 だが、彼女はそれを許さない。何故なら、彼女は――強いから。どんな悲しみにも耐えられるほど、心が強いから。

 そんな彼女に――自分はどんな言葉を掛ければいいんだろう。
 どんな言葉さえも、空想にしかなりえないこんな場面で。

(――決まっているじゃないか)
 ライルの心は、その答えを見いだす。
 彼女は――彼女の本当の望みを口にしたのだ。それがどんなに空想的なものであっても、現実になると信じて。
 それなら……

 ――口にするしかないだろう。どんなに理想的な言葉であっても、彼女が言ったのと同じように。

「……同じ、だったんだな。俺も薙刃も」
「――え?」
 ライルの言葉に、薙刃の表情には一瞬驚愕の色が浮かんだ。彼女はすぐさま、彼の顔へと視線を向ける。
 そのことに構うことなく、彼は言葉を続ける。
「俺は、こんな毎日が当たり前だとずっと思っていた。……だけど、本当は違ったんだ」
 自分に言い聞かせるように、ライルは言葉を紡ぐ。
「――出会いがあれば、別れがある。それと同じで、いずれはこんな毎日だって変わっていってしまうんだろうな……。多分、そうだ」
「…………」
 薙刃は言葉を紡がない。――いや、何かを言うべきではないと思った。
「俺は……本当はそんなこと、とっくに気付いていたのかもしれない。だけど、受け入れたくなかったんだ。そんな現実を」
「……ライル」
「……だけど、俺と違って、お前はそれを受け入れた。そして、なお、希望を持ち続けていたんだ。……凄いやつだよ、薙刃は。俺なんかとは、比べ物にならない」
「そ、そんなことないよッ! あたしなんかより、ライルの方がずっと……」
 突然と自分の名前を出され、薙刃は慌てた様子で言葉を紡ぐ。
 そんな彼女の様子に、ライルはフッと小さく笑みを浮かべた。
「……だから、俺も受け入れようと思う。現実を。そして、望むよ。お前と同じ――皆とずっと一緒にいたいって」
 そう言って、彼は薙刃の右肩に手を回し、自分の方へとグッと引き寄せる。
「あ……」
 ピタリと密着する身体。そこから微かに伝わってくる温もりが、薙刃の鼓動を急激に速めさせた。
 自分の両頬がみるみるうちに熱くなってくるのを感じる。それを意識すると、顔全体が熱を帯びてくるのを感じた。
 どうしようもなくて、そんな顔をライルに見られたくなくて、彼女は慌てて顔を俯かせた。
 そんな彼女の様子に気付いているのか、気付いていないのか、ライルは言葉を続けた。

「――約束する。俺はどんなことがあっても、お前とずっと一緒にいるって。――だから、薙刃。お前は約束してくれるか? 俺とずっと一緒にいるって」

 その言葉を聞いて、薙刃は俯かせていた顔を上げた。そこには、真剣みを帯びたライルの端整な顔がある。
 薙刃は、そんな彼の顔が好きだった。
 どんなに難しい問題でも、いずれは解いてしまって、どんなに説得力のない話でも、必ず成し遂げてしまいそうな気を自分の心に湧き上がらせるから。

 薙刃は満面の笑みを浮かべる。それは本当に嬉しそうで、屈託のない笑顔。

「――うん。約束する。――あたしも、ライルとずっと一緒にいたいから」

 そう言い合って、二人は笑いあう。

 二人の足は、未来へと歩み続ける。
 その先に何が待っていようと、彼らの手は離れない。――きっと、永遠に。


 後日談


 ライルと別れ、居間へと戻った薙刃。
「よかったわね、薙刃」
 そんな彼女に、鎮紅が声を掛ける。
 だが、薙刃にはその言葉の真意が掴めない。
「――え? ……何が?」
 と、鎮紅に尋ね返してみると、彼女は頬を緩めて言った。
「しらばくれなくてもいいじゃない。ライルくんとのことよ」
 ――ライルとのことと言われ、彼女は一瞬首を傾げた。
 だが、思い当たる節があったのか、すぐさま顔全体を紅潮させた。
 そんな彼女の様子を見て、鎮紅は「薙刃ってば、可愛いわね」と呟くように声を漏らす。もちろん、慌てた薙刃の耳にそれが届くことはない。
「き、聞こえてたの……ッ!?」
「……だってねぇ。ライルくんと薙刃が二人だけでいるとなれば、気にしないわけにはいかないでしょ?」
 鎮紅が面白げにそう言うと、薙刃は顔を俯かせる。しかし、その状態でも、彼女の顔が真っ赤に染まっているのは容易に想像がつく。
「……だって、ライルがあんなことを言ってくれるなんて思ってなかったもん」
 ブツブツと呟くように、薙刃は顔を俯かせたまま、そう声を漏らした。
 鎮紅は、その言葉にうんうんと頷く。
「確かにそうね。あのライルくんが、あんなことを薙刃に堂々と言えるなんて、私も想像できなかったわ」
「そう、だよね! やっぱり、鎮紅もそう思うよね!」
 顔を上げて、薙刃は鎮紅の言葉に賛同する。
 その言葉に、再度首を縦に振って、鎮紅は言った。

「それはそうよ。あのライルくんがよ」
「うん」
「あの恋愛には奥手なライルくんがよ」
「うん」
「まさか、薙刃に」
「うん」


「プロポーズをするとは思ってなかったわ」
「うん。…………って、え?」

 薙刃の頭に一つの言葉がひたすらに飛び交う。
 プロポーズ。――プロポーズって何だっけ?
 えっと、確か……



『求婚』



 その言葉が彼女の脳内辞書でヒットした時――
 彼女の顔は、ボンッと音を立てたかのように一気に真っ赤に染まった。
「……まったく、ライルくんには驚かされたわ。……って、薙刃? どうしたの?」
「プロポーズ……プロポーズ……プロポーズ……プロポーズ」
 先ほどから薙刃の口は、小さくその言葉を繰り返す。
 その様子を見た鎮紅は、ふと一つの結論に達した。
「――薙刃。ひょっとして、気付いてなかったの?」
 その言葉に、彼女の顔がますます紅潮した……気がした。
 だが、それを気にする暇もなく、薙刃は慌てて口を開く。
「き、気付かないよ、そんなの! そ、それに鎮紅だって、どうしてそんなことが分かるの!?」
 薙刃の言葉に、鎮紅は小さくため息をつく。
「薙刃。ライルくんは、ずっと一緒にいようって言ってくれたんでしょ?」
「う、うん。そうだよ」
「じゃあ、聞くわ。一生、とある二人が一緒にいられる方法って何だと思う?」
「…………?」
 薙刃は首を小さく傾げる。
 彼女の頭の上には、?マークが浮かんでいるようだった。
 鎮紅は、そんな純粋な彼女に言う。
「――夫婦になればいいのよ」

 薙刃はその言葉に、手をポンと叩いて納得し
「あ、言われてみれば…………って」

 ――そして
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 この家中に響き渡るような大声を漏らした。

(薙刃は本当に純粋ね)
 鎮紅は、そんな彼女の様子を見て、密かにそう思う。

 なお、その後、慌てて駆けつけてきたライルを見た瞬間、薙刃が顔を真っ赤にさせて逃げ出したのは――言うまでもない。


終了


あとがき
 お久しぶりです。朔夜です。ライ薙小説となります。
 ……純粋な恋愛小説となるとこんなところでしょうか。懐かしく後日談なるものを小説に付加してみましたが、皆様はどう感想を抱いたでしょうか。
 ……天やおは終わってしまいましたが、このサイトの更新が止まることはないですよ。きっと、永遠に。
 ――なんて、文中の描写をパクリつつ、今日はこの辺りで。