「……ふぅ」
 午前中の仕事を全て終え、居間で一息をついているライル。
 そんな彼の背後から、そっと彼に歩み寄る影が一つ。
 ライルはその気配に気付かない。
 きっと気が抜けて、注意力が鈍っていたためであろう。
 そして、気付かぬままに背後から腕を回されて
 ライルの目の前は真っ暗になった。

「な、何だ!?」
 思わずライルは驚きの声をあげる。
 そんな彼の反応に、クスクスと小さく笑い声を上げている誰か。
 ライルはすぐさまその手の取り外しにかかる。
 誰かのからかいの対象になっているのは悔しかった。
 それに身体が押し付けられている背中から色々なものが伝わってきて落ち着かないためでもある。
 ライルがその手を掴んで、力を込めて引き離そうとする。
「む……」
 後ろにいる誰かから、そう声が漏れる。
 そして抵抗するように、引き離そうとした手に、力が込められる。
 しかし、その力は男性であるライルの力には到底かなわない。
 彼に素で勝てるのは、迅伐ぐらいであろう。
 ゆっくりと手がどけられ、真っ黒だった世界には物体が映る。
 そして彼はゆっくりと身体を振り返らせる。
 そこにいたのは――薙刃であった。

 彼女は悔しそうな表情を浮かべて、こちらの顔を見ていた。
 恐らくからかいがあまり通用しなかったためであろう。
「むぅ。本気を出すなんてずるいよ……」
 案の定、彼女はそう口を開く。
「前触れもなしにやってくるお前が悪い」
 冷静にライルは言葉を返す。
「む……」
 納得がいかないような彼女の表情。
 それを確認しながらも、ライルは彼女に尋ねる。

「ひょっとして、構ってほしかったのか?」
「うん。だって……暇だったから」
 否定しないと言うのが、実に彼女らしい。
 が、そんなことを考えている場合ではなかった。
「それなら、迅伐たちと話してればいいじゃないか」
「みんな、暇じゃなかったから……」
「あいつらが?」
「うん」
 全員が忙しいとはまた珍しい。
 絶対に薙刃も含めて、2人ぐらいはのんびりとしている人間がいるはずだというのに。
「迅伐は?」
「薬、だって」
「……鎮紅は?」
「鎮紅パンを作ってた」
「…………マリエッタは?」
「新レシピの開拓だって」
 リタは? と尋ねようとしてやめた。
 この時刻になると、彼女は毎日最も忙しくなる人物だ。
 具体的にはどういった仕事をしているか分からないが、報告書等を作っているのだろう。
 情報処理となると、それに時間がかかるのは必死だ。
「……なるほど、よく分かった」
 一度頷いて、ライルはそう口を開く。

「何か一緒に遊べることはない? ライル」
「いきなりそう言われてもな……」
 元々、ライル自身もそう言ったことを進んでしない人間だ。
 そんなもんだから、突然言われたところで思い当たるものがあるはずがない。
「……第一、どんなゲームをしても、お前が勝てるだろうし」
 小さな声で愚痴を漏らすライル。
 幸運の神様に愛されているであろう薙刃と、大分嫌われているであろうライル。
 その二人が勝負をすれば、トランプだろうと双六だろうと何だろうと、彼女が勝つのである。
「うーん……じゃあ、公平な遊びをしようよ!」
「そんなもの、あるのか?」
 幸運だとか、そんなものが一切存在しない遊び――
 そうは言っても、そんな都合のいいものが簡単に見つかるはずが――
 いや、あった。
 が――やめておいた。
 悲しいかな。男の性とは。
 ただ『遊び』という単語だけで、変なことを想像してしまうとは。
「……? どうしたの?」
「あ、いや、何でもない」
「うーん、やっぱり見つからないよね……」
 どうしよう……と、薙刃は小さく呟く。
 本当のところ、こうやって会話をしているだけで時間が過ぎてほしい。
 というか、今のライルにとってはそれで十分であった。
「……そうだ」
「……どうした?」
「二人だけで考えてるからダメなんだよ。きっと。だから、ちょっと鎮紅に相談してくるね」
 薙刃はその場から立ち上がって、厨房の方へと歩いていく。
 その動きが早かったため、ライルには止めることが出来なかった。
 そして、その相手が鎮紅であったことにライルは寒気を覚える。
 まぁ、鎮紅ならば一番広い知識をもっているため、すぐさまいいものを提案してくれるかもしれない。
 が、それだけ広い知識をもっているということは、恐ろしいことを提案されるという恐怖もある。
 それも相手は純粋すぎる薙刃だ。
 変なことを言われても、それに納得して行動を起こすであろう。
 まぁ、今の自分には鎮紅を信じることぐらいしか出来ない。
 ライルは、薙刃が戻ってくるまで居間でくつろいでいることに決めた。


 人間、気を抜くといつの間にか眠ってしまうらしい。
「ん……」
 ボンヤリとした視界が広がる。
 どうやら自分はいつの間にか眠っていたらしい。
 と、気付けば薙刃が笑顔を浮かべつつ、真上からそんな自分の表情を窺っていた。
 そして頭の下には、何か柔らかい感触があった。
「ライルってば、凄く疲れてたんだね」
「……何でだ?」
「だって、身体を揺すっても、声をかけても、全然起きてくれなかったから」
 確かに自分の脳裏にそんなことをされた記憶はない。
 熟睡も熟睡。そこまで疲れを溜めていなかったつもりなのだが、それは表面上だったらしい。
「そうか……。悪かったな、薙刃」
「ううん。そんなこと気にしなくていいよ……。ライルの寝顔も見れたし」
「……ッ」
 素でそんなことを言われると、さすがのライルも恥ずかしいというもの。
 まぁ、そんな彼女の性格に何度も救われたから、ライルもそういった彼女の部分が嫌いなわけではないのだが。
 こういう時だけは、妙に意識してしまって困る。
 そんな顔を見られたくなくて、彼女から顔を逸らそうと頭を動かす。
 しかし、それに対して彼女が何故か行動を示した。
「んっ……。ライル、あまり動かないで……。くすぐったいよ……」
「あ、あぁ。わ、悪い」
 ドキリと本能を擽る彼女の反応。
 そんなことを言われて、不意に気付く。
 これはひょっとして――膝枕というやつではないだろうかと。
 そう勘付いて、ライルはすぐさま上半身を起こした。
 案の定、自分の頭の下に置かれてあったのは――彼女の膝。
 恐らく気持ちよく眠れたのは、そのためでもあるかもしれない。
 ただ意識してしまって後悔した。
 心臓の鼓動が早まったまま落ち着いてくれないのだ。


 しかし、そんなライルの心境も知らずに、薙刃は言葉を続ける。
「あ、そうだ。鎮紅に聞いてきたんだけどね」
「あぁ……そういえば、そうだったな。で、どうだったんだ?」
「うん。いい遊びがあるって、教えてもらったよ」
「へぇ。どんな?」
 何気なく尋ねかえすライル。
 しかし、それが運の尽きだったのかもしれない。

「例えばね……」
 スッとライルに彼女に、身を摺り寄せる薙刃。
 あっという間に、首元に腕を回され、身体がピッタリと密着する。
「な、薙……」
 しかし、言葉は続かない。
 ライルの耳元に、彼女はフッと優しく息を吹きかける。
 その仕草や吐息が、やけに艶かしく感じられた。
 ライルの身体がピクッと反応を示す。
 それを確認して、今度は彼の首筋を舌で優しく撫でる。
 そのたびにライルは身体を震わせて、かすかな反応を繰り返していた。
 理性がゆっくりと崩壊していくのが自分でもわかるくらいだ。


 憎むべきは誰なのか分からない。
 行動を起こしている薙刃なのか。
 告げ口をした鎮紅だろうか。
 それとも、彼女の行為に興奮しかけている自分の本能だろうか。


 しばらくすると、薙刃は身を寄せつつも、首筋から顔を離した。
 そして、耳元で囁くように口を開く。
「こういうことをしたら、ライルが喜んでくれるって鎮紅が言ってたから」
 どうやら憎むべき対象は鎮紅らしい。
 自分は決してMではない。いや、Sというわけでもないと思うのだが。
「こういうことをされると、やっぱりライルは嬉しい?」
 どう答えを返そうか、悩むべきところである。
 とりあえず、嬉しいと答えるのは嫌だ。Mというのを認めたくはない。
 とはいっても、何かを言ってSらしくなるのも却下だ。
 薙刃は言われたことをやっているだけの話なのだから。
「いや……それよりも」
 ただ……本能がこのままでは許そうとはしていない。
 彼女に恐怖を与えるつもりはないのだが。

 彼女の背中に優しく腕を回し、そのまま床へと倒れこませる。
「え……?」
 耳元で聞こえる彼女の声色からは動揺が窺える。 
 しかし、それを気にする仕草をライルは見せようとしない。
 頭を上げると、目の前にあるのは彼女の驚きに満ちた表情。
 彼が何をしようとしているのか分かっていないような様子。
 それを見て、素直に可愛いと思う。
 そんな驚く彼女の耳元に顔を近づける。
「俺は、お前の声の方が聞きたい」
「……? それって、どういう……」
 しかし、言葉は続かなかった。
 ライルは疑問を浮かべる彼女の耳たぶを優しく噛む。
「ふぁ、っ……。な、何?」
 口から自然と声が漏れ、ピクッとかすかに身体を震わせる。
 動揺の色を浮かべる彼女に対して、ライルは同じように彼女の首元を舐める。
「ひゃ…っ」
 服を握る手に、自然と力がこもる。
「気持ちいいか……?」
 首元から顔を離し、薙刃の顔を見つめる。
「そんなの……分からないよ」
 ボーっとした表情で、ライルの顔を見つめかえす。
 心なしか、呼吸も荒い。
「……なら、分からせてやる」
 彼の手が動く。



 彼の腕の中で、踊らされる彼女。

 ――彼女は望んでいたんだろう?

 彼と『大人』という遊びを遊ぶことを。


終わり


あとがき
……フリー小説でこれって何!? ……ごめんなさい。何かえろっちぃ奴になりました。申し訳ありません。
 しかも中途半端に終わらせてしまって、またまたごめんなさい。どうせなら、最後までやるべきだったでしょうか?(何
 とりあえず、これはここで終了です。が、これもリクエストがあれば何があったのかをかくやもしれません。
 まぁ、それは後日のこととして・・…。
 では、これからも閑話の白夜をお願いしますね