逆を考えてみよう…。
「ねえー。ライル」
「ん? 何だ?」
薙刃がライルに話しかけてくる。
しかし、その表情は真剣そのものだった。
「あのね…。鎮紅が…」
薙刃の口から出た言葉は、『鎮紅』という単語。
…薙刃の様子を見るからに、何かあったに違いないとライルは思った。
「どうした!? 鎮紅に何かあったのか!?」
ライルは急がなければ…とあわてていた。
しかし、そんなライルを薙刃が止める。
「違うよ。…そんなに大変なことじゃないんだけど…ちょっと変なんだ」
「…変?」
…鎮紅の様子が変…。
失礼ながら、それはいつものことだと思ってしまうライルがそこにいた。
「とりあえず、一緒に来て」
グッとライルの腕を薙刃は持ち、鎮紅のいる場所へと案内する。
ライルは頭に?マークを浮かべながら、それに従った。
「ほら。あれ」
「ん?」
と、そこには…何事もなく店先に顔を出し、お客に声をかける鎮紅の姿。
「…どこが変なんだ?」
…ここから見ると、まったく鎮紅の様子に変化は見られない。
「見てると、分かるよ?」
薙刃はそういうと、すっかり黙ってしまった。
相変わらず、頭に?マークを浮かべながら、ライルも同じように黙って鎮紅の様子を見ていた。
「いらっしゃいませー!!」
いつもと変わらない挨拶…。
「今日は菓子パンがお勧めですよー!」
いつもと変わらない商売文句…。
「ありがとうございましたー!」
いつもと変わらない感謝の言葉…。
「…やっぱり、どこが違うんだ?」
ライルはちっとも、どこがどう変なのかわからなかった。
だが、鎮紅がレジから動いたとき、薙刃は鎮紅を見るように指示をした。
ライルは注意深く鎮紅を見る。
と、鎮紅の足元にはわずかな段差がある。
…毎度のことなのだが、ここでいつも鎮紅は転んでしまう。
それも何度、注意してもだ。
のはずだが…。
スタスタスタスタ…
「…あれ?」
思わず、ライルは声を上げていた。
鎮紅が何もないかのように、普通に歩いていった。
…いや、偶然かもしれない…。
だが、何回通っても鎮紅はまったく転ばなかった。
「…ほら。変だよね? 鎮紅がまったく転ばないなんて…」
薙刃の言葉に、ライルもうんうんと頷く。
「…あぁ。おかしい。おかしすぎる」
鎮紅からしてみれば、あまりにも失礼かもしれないが…いつもを知っている二人にとっては…。いや、二人じゃなくても他の皆も驚くだろう。
「鎮紅に一体…何が」
ライルは…かなり驚いていた。
「ひょっとして…。昨晩のあれ…かな」
薙刃がボソッと呟いたが、ライルの耳にはきちんと届いていた。
「あれ?」
薙刃はとっさに口を覆ったが、続けた。
「うん…。鎮紅、昨日言ってたの…」
神妙な様子になり、思わずライルにも緊張が走る。
「…何をだ?」
ライルはゴクリと唾を飲み込む。
「ライルに…ね」
ライルは、自分の名前が出たことに驚きを隠せない。
「えっ? …俺?」
…一体鎮紅が何を言ってたんだ?
…ひょっとして、恋…
「最近、団子を奢ってもらってない…。って」
ガクッと、ライルは本当に膝を付きそうになった。
「……待て。何で、それがこけないことに繋がるんだ?」
…とりあえず、ライルは落ち着いて対処しようとする。
薙刃はそんな様子を気にした様子もなく、続ける。
「…多分、自分がしっかりしてるところを見せたら「ちゃんとやってるな。よし。団子でも奢ってやるか」って、ライルが言ってくれるのを待ってるんだと思うよ?」
「……」
ライルのこめかみに、怒りマークがいくつかつく。
「薙刃…」
「ん?」
「団子、奢ってやる」
「いいの!? ありがとうーー!!」
薙刃は本当に嬉しそうに喜んでいた。
ただ、その表情がニヤリと笑ったことにライルは気付かなかった。
おまけ
「ライルくん。あれ? ライルくん?」
鎮紅が部屋に戻ったが、ライルの気配はそこにはもうなかった。
「いないわね…。何でかしら…」
無論だが、薙刃も一緒にいない。ということに、鎮紅は気付かない。
とりあえず、鎮紅は居間の畳に腰を下ろした。
「今日はがんばったから、ライルくんに褒めてもらいたかったのにねぇ…」
残念そうに、鎮紅は呟いた。
「出来れば…団子も奢ってほしかったんだけど…。いないんだから、今日は無理ね…」
…やっぱり狙いは団子だったのだ。
終了