「ライルー! ちょっと聞いていい?」
 遠くから大きな声を出して、薙刃が走りよってきた。
「何だ?」
「…ライルってさ」
 薙刃が何故か指を体の前で弄っていた。
 その顔は、わずかに朱に染まっているようにも見える。
「…な、何だ?」
 さして、薙刃の様子を気にしていなかったライルも、さすがに動揺を隠せない。
 …というか、かわいいと思ってしまったライルがそこにはいた。
「…や、やっぱりエッチなこと、考えるの?」
「…は?」
 薙刃の質問は、突然すぎるというか…直球過ぎるというか…なんというかいきなり言われてもどんな反応をしていいのやら…と反応に困る質問であった。
 ふと、ライルは思いだす。
 …薙刃ってそんなことを聞いてたか? 
 ちょっとした現実逃避も始まっていた。
「そ、そうなの?」
 顔を真っ赤にして、聞いてくる薙刃。
 はたから見れば、それはとても可愛いものだった。
 ライルも思わずクラリと来たが…、場が違う。
「いや、薙刃。一応、落ち着け。よし。深呼吸だ。」
「う、うん。そうだね。すーはー。すーはー」
 落ち着いていないのは、どうにもライルのように見えるのだが…。
 などという疑問は、ライル本人も薙刃も思っていないので黙っておくことにする。
 と、ある程度深呼吸を繰り返したところで、再び薙刃は問いかける。
「それで…ライルはエッチなことを…」
 と、薙刃の言葉を遮るように、ライルが言う。
「待て。…まず第一にそれを誰から聞いた」
 そう。ライルにとって重要なことはまさしくそれなのだ。
 どうせ、アルドなどが関わっているのだろう。
 そうだと分かれば、明日…天誅を下してやる。
 などと思いつつ、薙刃の答えをライルは待つ。
「鎮紅からだよ?」
「そうか…」 
 鎮紅…。何を薙刃に言うんだぁぁぁぁぁぁ!!
 …違う部屋にいる鎮紅がビクッと何かを感じ取って震えた…というのは、また別の話である。
「…それで、ライルは…エッチ?」
 …やはり何と答えていいのか、ライルは困った。
 ここで否定すれば、いいのかもしれないが…、それであるきっかけで気付かれてしまえば嘘つきといわれる。
 …逆に、堂々と言うのは…立場的にも間違っている気がする。
 というか、堂々と「俺はエッチだ」と言える奴の方がすごいと思う。
「ま、まぁ、ちょっとはな…。男だし…」
 …と頭で考えながら、結局の結論は中間であった。
 と、薙刃はへぇ…といった様子でライルを見つめる。
「そうなんだ…。ライルはエッチなんだ」
「待て…。エッチじゃない。少しなだけだ」
 それでかなり変わる。
 イメージ的にもモラル的にもだ。
「…じゃあ、ちょっと聞いていいかな?」
「…何だ?」 
 ろくでもないことだと予想しながらも、ライルは聞き返す。
「…エッチなことって、どんなことなの?」
 …またまた返答しにくいものを…。
「…いや、それはもうちょっと大人になってからだな…」
「ライルだって、大人じゃないよ?」
「うっ…」
 薙刃に見事にうまく弱みをつかれてしまった。
 言い返す言葉がライルは見つからなかった。
 と、そのとき。
「それじゃあ、ライルが知ってるエッチなこと…ライルに教えてほしい…」
「…へ?」
 聞き覚えじゃなかったら…確かエッチなことを教えてほしい…とか聞こえてきた気がする。
 …誰に? 薙刃に
 誰が? 俺が
 何を? …〇〇〇なこと
「…待て。それはやばい。色々とやばい…」
 薙刃がどんなことを考えているかは分からないが、やばいことには変わりない。
 …だとしたら、断るしかない。
「えー…。私じゃ…ダメ?」
 …自然と薙刃の顔が上目遣いになってくる。
 …さすがのライルもこれには負けた。
「うっ…。いや、そういう意味じゃなくて…」
「それなら、いいよね?」
 何も知らない純白の笑顔がライルに向けられる。
 ライルはすでに、もうどうにでもなれ、状態であった
 というか、ここまで言われたら…据え膳食わぬは男の恥。ではないだろうか。
「…あぁ」
 …と、ライルが答えると薙刃は嬉しそうに笑った。
 …なんというか、気が引けていくライルであった。

終了