「うぅ…」
「薙刃、大丈夫か?」
「うん。だいじょう…ぶ」
布団の中で、だるそうに眠っている薙刃。
そのすぐ近くで、薙刃の看病をしているライル。
この部屋には、数時間前から二人しかいなかった。
どこか薙刃の様子がおかしい。とライルは、朝から薙刃を見て思っていた。
そして、案の定か、昼過ぎになってから急激に薙刃の体調は悪くなり、薙刃は少しばかり高熱を出していた。
何度氷水につけたタオルを額につけても、熱は一向に収まらない。
咳や鼻水は一切出てないところから、一時的なものだろうと予想がつくが、それでもライルにとっては不安になる。
「困ったら、すぐ言えよ。お前の体調がよくなるまで、ここにいるから」
と、ライルは言うが、彼はすでに1〜2時間はこの場に座って薙刃の看病をしていた。
それは、ライルの優しさから来るのか、それともはたまた彼の性格からくるものなのかは、薙刃にはわからない。
だが、すでに数時間看病してもらっているうえ、これからも看病してくれるとなると、さすがの薙刃もライルの言ったことに素直に頷くことなど出来ない。
「そんな…。ライルの迷惑になるよ…」
申し訳無さそうに薙刃は言う。
だが、ライルは特に気にせずに、答えた。
「お前は病人なんだ。俺のことはあまり気にするなって。それよりも、自分のことを気にしろ。自分のことを」
「う、うん。ありがとう…」
そう言って、薙刃は毛布を深くかぶる。
嬉しい、ライルの気遣いがとても嬉しい。
こういうときは特に、ライルという存在がとても温かくて、大切に感じる。
(な、何考えてるんだろ。私…)
そこまで考えがたどり着くと、薙刃の顔に自然と朱が指す。
ライルのことを大切に感じる…。
いつもそう思っているのに、こういうときに考えてしまうと…ライルが自分にとって大切な存在…つまり特別な存在なんだろうか、と深く考えてしまうようになる。
でも、それに関しては薙刃自身は決して否定はしない。
ライルのことが好きか嫌いかと聞かれれば、薙刃は好きだと言い切ることが出来る。
だけど…どう好きなのか…と聞かれれば、薙刃は答えることは出来ない。
いや、正確には薙刃自身もわからないのだ。
ライルに対する感情が、仲間としてのものなのか、それとも…それとは違うものなのか。
それから数分後、コンコンとドアをノックする音が二人の耳に届く。
「ライルくん、ちょっといいかしら?」
声の主は鎮紅だった。
「別にいいぞ…」
そうライルが答えると、ガチャリとドアが開いて、鎮紅が二人のいる部屋に入ってきた。
だが、鎮紅はライルたちの側に寄ることはなく、チョイチョイと手で『こっちに来て』というサインをライルに示した。
ライルもその意味を感じ取ったようで、スッと立ち上がると、鎮紅の方へと歩み寄った。
それから、ブツブツと鎮紅と何かを小さく呟きあいながら、二人は部屋の外に出た。
ガチャリとドアの閉まる音が、部屋の中に響く。
誰も居ない…、ライルが…この部屋に居ない。
いや、ライルはきっとドアを開けたすぐそこにいるのは分かっていた。
だけど……
誰もいない。そう考えると急激に薙刃の心に、孤独感が襲いかかった。
「ゃだよ……」
薙刃は思わずポツリと小さく呟く。
ライルが部屋を出たのは、わずか1,2分前だって言うのに…。
どうして、こんなに寂しくなるんだろう。
早く戻ってきて欲しい…、すぐ近くにいて欲しい…。
そう考えてしまうと、ライルと一緒に部屋を出た鎮紅に対しても、薙刃はありもしないはずの感情を抱く。
それは…憎しみのような感情。
鎮紅は大切な仲間で、ライルと同じ大切な存在。
そんなことは自分でも分かっている。
そのはずなのに…どうしてだろう。ライルを連れて行ったことが、ずるく感じられてたまらない。
薙刃は布団に深く潜り込む。
寝よう…。その方がきっと心が晴れる…。
まだまだ幼い薙刃には、こういうときどうすればいいのか、分かる由もなかった。
それから数分後、ドアがガチャリと開いて、ライルが部屋の中に戻ってきた。
「はぁ…。まったく鎮紅のやつ…」
ライルは小さくため息をつく。
(何が…薙刃を襲っちゃダメよ? だ…)
鎮紅に言われた言葉が、ライルの頭をよぎる。
そんな気は毛頭…いや、決してないというわけではないのだが、ないということにしたい。
ライルが、薙刃の看病を続けているのは、薙刃のことが心配だからの一点張りだった。
いつも通りの薙刃の元気な姿を見たいというものも本音だし、それに…何だか、そんな薙刃を見ていないと、調子が狂うような…そんな感覚に襲われるからだ。
(…はぁ)
どうして、こんなことを考えているんだろう。
それもこれも…鎮紅のせいだ。
鎮紅にとっては迷惑かもしれないが、とりあえずそういうことにしておいた。
(…っと、それよりも…)
この部屋に来た本来の目的である、薙刃の看病ということを思い出し、ライルは薙刃の眠っている布団へと視線を向けた。
布団へと視線を向けたライルは、薙刃の姿を確認すると不思議と心が安堵感で満たされた。
ライルの心の悩みだとか、そんなことをまるで気にしないかのように、薙刃は穏やかな寝息を立ててスヤスヤと眠っている。
この様子だと、明日には治りそうだな…。
そう感じ取ったライルは、再び薙刃の近くに腰を下ろした。
そして、薙刃の様子を見ながら…
(襲う…か)
と、ポツリそんなことを考え…
(って、何考えてるんだ。俺は!)
ブンブンと首を振って、頭に浮かんだ雑念を払い捨てる。
だが、ライルの視線は自然と薙刃の唇へと集中してしまう。
これでは思っていることとやっていることが真逆になっている。
どれもこれも…鎮紅のせいだ。
もう、鎮紅の迷惑なんて考えない。そう決定付ける。
あいつの一言のせいで…ちっとも考えてなかった薙刃を襲うなんてことを本格的に考えるようになってしまったんだから。
「はぁ…」
ライルはため息をつく。
こんな調子で後数時間、本当に耐え切ることが…出来るのだろうか。
それが、ちょっと不安になってしまった。
続く? かも