――分からない


 ――分からない、分からない、分からない、分からない


 胸を襲うこの痛みも――突き上げてくる苦しみも。



 本当に、何もかもが分からなくて――


 そんな中でも、頭には彼の顔が思い浮かんで――


 そのたびに、私に襲いくる感覚は尚更酷いものになる


 おかしいんだ。きっと。――今の私は


 ――病気。言ってしまえば、感覚的にはそれと同じ。


 だけど、熱もでないし、咳もでない。身体だって、何ともない。


 ただ――胸が痛くて、苦しくて


 それは彼のことを思い出すたびに――



 思えば、始まりはいつだったんだろう。

 こんな感覚を、私が感じ始めたのは。



 初恋――それは苦しみ



「…………」
 ――眠らなかった。
 ううん、眠れなかったという方が正確。
 これで……何日目になるんだろう。私が――まともに眠れていない日は。

(……ライル)
 彼のことを思い出す。

 そのたびに――キュッと胸をしめあげる、切なさ。

 ――おかしい。

 ――やっぱり、今の私はどこかがおかしい。


 彼の笑顔が見たくて

 彼の頑張っている姿が見たくて

 そして、何よりも――

 
 彼と一緒にいたい


 そう望んでいる私が、ここにいる。



 ――幼馴染
 誰よりも近くにいられて、誰よりも気軽に接することが出来る対象。

 私と彼の関係は、それに該当する。
 だけど、その意味はまったく違う。


 近くにいられなくて

 ――幼馴染なのに

 彼の支えになれなくて

 ――幼馴染なのに


 それはきっと、私と彼との距離が遠ざかりすぎてしまったから。
 でも、それは――他でもない、私自身のせい。

 馬鹿……ね。私。
 今更になって、こんなことを悔やんでしまうなんて。


「起床ー!」
 やがて、マリエッタさんの声が私の耳に届いた。
 それは――いつもの始まりを告げる合図。
 私は柔らかなベッドからゆっくりと身体を起こした。

 本当は――起きたくない。
 だってそれは、彼と顔を合わせることと同義だから。
 だけど……そうしないとみんなが心配する。
 それも――嫌。
 だってわたしは、ここにいるみんなのことが好きだから。

 こういうの――欲張りって言うのかな。

 
 そんな両極の思いに悩まされながらも、私の手はドアノブへと伸びる。

 ――大丈夫。いつもようにしてれば……。

 そう自分の心に言い聞かせ、小さく一つ深呼吸をする。

 ――よし。

 脳裏に浮かんでいた悩みを振り払い、私はドアノブをゆっくりと回した。

 だけど――そんな私の行動は


「おはよう。リタ」


 ――ドクンッ

 ――心臓が跳ねる。


 突如、目の前に現れた彼によって――一切の意味を持たなくなってしまった。
「…………」
 突然のことに、喉から言葉が出てこない。
「……リタ?」
 それに反して、ライルは不思議そうに首を傾げた。
 当たり前だ。数秒経っても、私が返事をしないのだから。

「おは……よう」
 声をなんとか振り絞って、彼の言葉に反応を返す。

 ――さっきから、心臓の音がうるさい。
 
 ――鳴りやめ!

 ――鳴りやめ!

 そう、自分の心に言い聞かせていたせいかもしれない。
 だから――私は気付けなかった。

 ――ピトッ。
 額に何かの感触が伝わる。


 ――え?


 驚くままに目を向ければ、ライルの手が……私の額に優しく触れていた。
「熱は……ないみたいだな」
 目の前の彼は、安心したようにそう言葉を紡ぐ。

 だけど――私は
「あ……、あ……」

 精神が――乱れる。


 私が――乱れていく。



 ――大丈夫。いつもの私でいれば……





 ……あれ?





 いつもの私って、どんな風だったっけ?




「リタ……?」
 不思議そうに私の名前を呼ぶ声。


 私は、私は、私は……


 ――そんな時だった。

 私の視界の端に――彼女の……薙刃さんの姿が飛び込んだのは。


 ――ズキッ

 また――心が痛んだ。

「ッ……!!」
「あ、おい! リタ!!」
 驚く彼の声も無視して、私は出てきたばかりの自分の部屋に飛び込む。
 しかし、まだダメだ。
 ライルは――絶対にこの部屋に入ってくる。
 だから、私はすぐに部屋の鍵を閉めた。彼が――入ってこれないように。

 ――ガチャッ

 そして、数瞬後、ガタガタと扉が揺れる。
「おい、リタ!! どうしたんだ!」
 扉が揺れる。いつまでも、いつまでも。
「リタ!!」

「…………」
 私はペタンと床に座り込む。


 ――そんなの、私にだって分からない。

 だけど、彼の顔を見るたびに――心臓の鼓動が早くなって

 薙刃さんの顔を見た瞬間――いつもの痛みが私の心を駆け抜けて



「何、なの……」

 訳が、分からない・・・



 ――私の頬を伝う涙。



「誰でも、いいから……助けて……ッ」


 ――痛くて・・・苦しくて・・・切なくて・・・

 ――私の頬には涙が伝う。


終わり


あとがき
ということで、書いてみました。神無月さんのリクエスト
「リタを泣かせてみよう」ということでしたが、最後にしか再現出来ませんでした。申し訳ない……。
あと、シリアス風味を狙っても見たんですが……どうだったんでしょうかね、結果のところは。
とりあえず、色々と微妙な作品になってしまいました。
ごめんなさい、そしてこれからもがんばります。