――始まりは、何でもなかったはずだ。


 ガランガランッ
「おめでとう! 大当たりだよ!!」

「……は?」

 ――少なくとも、この時までは。



 あなたと一緒 ――前編――



「……ということがあったんだ」
 と、薙刃たちを前に前述に沿った大まかな説明をするライル。
「へぇ……。薄幸な先輩が。これは、明日槍でも降ってくるかもしれませんね」
 ライルの言葉に、アルドが小さく言葉を漏らす。
 が、それをライルが聞き逃すはずもなく……。
「……誰が、薄幸だって?」
 ピキッと青筋を立てて、ライルはアルドを見る。いや、睨むと言ったほうが適切か。
 なお、その影でいくつもの人影が「うんうん」と軽く頷き、アルドの意見に賛同していたことをライルは知らない。
「やだなぁ、先輩。事実を言ったまでじゃないですか」
 対するアルドは笑顔を浮かべつつ、そう言葉を返す。
 その表情からは、先ほどの発言を悪びれる様子など一切見られない。
 また、その言葉にいくつもの賛同者がいたことは、もはや周知の事実である。

 が、悲しきかな。世の中は何よりも自分のことが分からないもの。
 つまり、自分に恵まれた境遇など知る由もないのである。
「……いい度胸だな」
「僕は嘘を言わない性質なので」
 一方は睨みをきかせ、もう一方は笑顔でそれを迎え撃つ。
 ――衝突は、もはや時間の問題かと思われた。
 が……。


「そんなことはいいから、その景品は何だったのよ」

 二人の間に割って入る、一人の女性。
 彼女はこのパン屋の中でも、最もライルとほぼ同格の苦労人(?)かつしっかり者。
 その名をマリエッタ・テトラツィーニと言う。
 そして、彼女に続くように残りの面々は
「そうだよ! 景品、景品! あたしはだんごがいいな!」
「……おだんご」
「そうねぇ、私は各地の食べ歩きツアー招待券がいいかしら」
 口々にそう言葉を紡ぐ。
 その全てが食べ物に直結しているのは、さすがの三人集と言ったところか。

 片や、先ほどから何も喋らず時間を過ごす少女が一人。
 彼女の名前はリタ・レーン。
 ライルの幼馴染であり、『完璧』という言葉が座右の銘であるような女性である。
 が、そんな彼女も、さすがに景品のことが気になるのか、ライルへジッと視線を向けていた。

 ついでに、もう一人このパン屋には住民と言うべき人物がいる。
 名をジルベルト・ジーリ。イエズス会でも、優秀な人材の一人に数えられる。
 が、今は本業の情報収集に駆り出しており、生憎この場にはいなかった。

「あ、あぁ。そうだったな」
 そんな彼女らに気圧された形で、ライルは気を取り戻した。
 そして、徐に上着のポケットに手を突っ込むと、そこから二枚の紙を取り出す。
「景品って……それ?」
 ライルが取り出した紙を、マリエッタは指差す。
「あぁ、1泊2日の温泉旅行なんだそうだ。でも、生憎二人分しか……」
 
 ――ゾクッ
 身を襲った変な感覚に、思わず口が止まる。

 ――その瞬間、空気が変わった気がした。

(な、何だ!?)
 当然のように、酷く驚くライル。
 哀れにも、その原因が自分の発言にあるとは気付いていないようである。

「それだと、一人は先輩で決まりだとして。もう一人はこのうちの誰かということになりますね」
「あ、あぁ。そうなるな」
 ライルが頷くと同時に、アルドの目が・・・輝いた。
「仕方ないですね。ここは僕が……」

 ――ドゴッ
 重い衝撃音。

「……は?」
 何が起こったのか、ライルが判断できない一瞬のうちに

 ――アルドの身体が、地に伏せた。

「お、おい! アルド!」
 ドサッという音と共に気を取り戻したライルが、慌ててアルドの元へと駆け寄ろうとする。
 が……。
「そんなことよりも。ライルくん」
 ――目の前に突如現る鎮紅。
 その顔には笑顔が浮かぶ。そりゃ、かえって不気味なほどに。
 当然、ライルもそんな空気に呑まれるのであって。
「な、何だ?」
「この中で、ライルくんは誰と”一緒に”行きたいの?」
 わざとらしく「一緒に」という部分を強調して、鎮紅はそう言葉を紡いだ。
 それに促されるように、ライルは周囲に目を配らせる。

 ――異常さを感じるほど、みんなの視線がかなり真剣だった。

 薙刃も迅伐もマリエッタもリタも……誰もがライルへと一心に目を向けていた。
 鎮紅も顔は笑っているが、彼女らと変わらないほどの真剣みと威圧感を帯びている。
 こんな状況に立たされていると知ったライルは、心の内で
(……何で、みんながこんなに真剣なんだッ!?)
 と、謎めいた現状に嘆く。
 もちろん、彼が鈍感であるが故の災厄ということは言うまでもない。

「あたし、またライルと温泉に行きたいな」
 と、薙刃。
「……ライル様と、旅行」
 と、迅伐。
「食べ歩きツアーもいいけど、温泉旅行もいいわね」
 と、鎮紅。
「最近、ちょうど気晴らしが必要だと思ってたの」
 と、マリエッタ。
「…………」
 と、リタ。――とは言っても、ジッとライルの瞳を見つめているだけだが。

 両手に花。――いや、四方八方に花というべき状況。
 見ただけなら世の男性なら羨む光景であろうが、ライルにとってその現実は、ある種の恐怖としか成りえなかった。
 これも、鈍感であるが故の災厄であろう。さらに彼は――優柔不断と来ている。

「えっと……」
 誰を誘うべきか、彼自身は知りえない。
 だとしたら、誘って一番まともな旅になりそうな人物をライルは探す。
 だが……決められない。考え出せば、誰しもがまともな旅になる可能性を持っている。
 もちろん、適当に一人を選ぶなんてことをライルは出来るはずもなかった。
 だったら、最も優先すべき問題は何か。

 ――そんなのは、本当はわかっている。現に彼女らも言っているではないか。
 自分が――誰と一緒に行きたいかということを。

「俺は……」
 考える。
 ――ひたすらに、考える。
 そして、彼が導き出した結論。
 それは――





「――綺麗だな」
「……そう」
「……頼むから、もう少し何か喋ってくれ」
 並ぶようにして歩く二人の男女。
 一方は言うまでもなく、ライル・エルウッド。
 もうすぐ見えてくるであろう温泉旅館を、内心すごく楽しみにしている少年だ。
「…………」
 片や、発言を控えめにしている少女の名は――やはり、リタ・レーン。
 深く悩んだ結果、ライルが一緒に行きたいと思ったのが彼女であった。
「ひょっとして――嫌なのか?」
 不安げにそう尋ねてくるライルに、リタの心は

 ――ずるい

 と、思わざるを得ない。
 彼女自身、ライルに選ばれたことを意識していないはずがない。
 いや、意識しているからこそ、いつもよりも言葉が出てこないのだ。
 それを嫌がられるような発言をされてしまえば……

 ――リタは、緊張しながらの会話を余儀なくすることになってしまうのに。

 だが、ライルはそれに気付かない。
 気付かないからこそ、なお厄介なのだ。
「……そんなこと、ないけど」
 少なくとも――リタの内心は、彼女の発言ほど落ち着いたものではなかった。


続く


あとがき
……すいません、一話で終わらせるつもりだったのですが、前置きを長くしすぎました。
後編はライリタを中心に物語を展開させていく予定です。
リクエストをしてくださった方、もうしばらくお待ちくださいな。がんばりますので。