甘味処。
 そこは数々の交流があり、そして親交を深めるための場所。
 しかし、今日は珍しい二人の組み合わせ。
 それは――ライルと、リタであった。

「…………」
 無言で串だんごを口に運ぶリタ。
「…………」
 はたまた、その隣で同じく串だんごを口に運ぶライル。
 これまた、何故か無言。
 元々から会話があまりない二人ではあるが、甘味処という場所が二人の間の沈黙にさらなる拍車をかけていた。
 
 事の発端はつい先ほどまで遡る。

 朝方というのには遅く、正午近くと言うにはまだまだ早いそんな時刻。
 ライルは居間で一人佇んでいた。
 いつもだったら、そこにはさらに薙刃や迅伐たちがいる時間ではあるが、生憎今日はパン屋は定休日ということになっている。
 ということで、薙刃、迅伐、鎮紅の御三方はスヤスヤと今も熟睡中。
 マリエッタやリタの姿もそこにはないが、彼女たちのことだ。恐らく、部屋で仕事でもしているんだろう。きっと。
 まぁ、言ってみれば、今の彼は暇を持て余しているわけである。

「――暇だ」
 ポツリと思わず彼の口から漏れる一言。
 優等生と称される彼と言っても、さすがに人間の真理には抗えないのである。
 と、そんな時――彼の視界に飛び込む一枚の紙切れ。

 パン屋さんへ。――特別優待券。すべての商品を半額とさせていただきます。

 それは先日、甘味処で働く女の子に貰ったもの。
 彼曰く、『パンやさんだけ、特別だよ』と言うことだが、何でも一番通ってくれているお客さんだからだそうだ。
 言うまでもないと思うが、その原因を作ったのはライルではなく、薙刃や迅伐たち。メインはやはり薙刃になるだろう。

 それを目にして、ライルはポツリと……
「たまには俺も――行くか」
 そう、言葉を漏らした。
 それと同時に、ライルはその場からゆっくりと立ち上がり、ズボンのポケットの中に自らの財布をしまう。
 今までコツコツとお金を溜めてきたのだ。半額ともなれば、足らないということはないだろう。
 そう思って、彼は甘味処へと足を向けた。
 パン屋の中には、誰もいない。

 それから幾分かの時が過ぎると、ライルの視界の中にようやく甘味処の建物が見えてきた。
「――あれだな」
 まだ時刻としては、早いせいだろうか。外気に晒された席には、誰の姿もない。
 言っておくが、彼自身は賑やかな場所が嫌いというわけではない。寧ろ、どちらかと言えば、好きな方だと判断してもいい。
 だが、今は違う。
 何ていうか、人間、たまには一人になりたい時があるのだ。そして、彼の場合はそれが今。
 だから、現在のように客があまりいないことは、今の彼にとっては喜ばしいことだと言えよう。


 が――
 結局のところ、世の中はそんなに甘いはずがないのだ。


「いらっしゃーい。あ、パンやさん!」
 店に入るや否や、甘味処で働く女の子がライルの元へと歩み寄ってくる。
 名前は確か――かりんと言ったか。
 予想はつくと思うが、ライルに優待券なるものを送ったのは、紛れもない彼女自身である。
 対するライルは、返事のつもりか軽く右手を挙げた。
 それを見てから、彼女は口を開く。
「こんにちは。今日は、ライルさんだけ?」
 そう言って、彼女は辺りをキョロキョロを見回す。
 もちろん、そこに薙刃や迅伐の姿はない。
「あぁ。薙刃たちは今頃……多分、寝てる」
「へぇ……。そうなんですか。分かりました」
 納得したように、一度二度頷く彼女。
 そんなうちに、ライルはポケットにしまっておいた優待券を取り出し、彼女にそれを提示する。
「今日はこれ、使ってもいいのか?」
「あ、はい。もちろんです!」
 そう、大きな声で返事をして、彼女は再度店内をキョロキョロと見回す。
 そして、その中で一つ――誰一人として座っていない空間を見つけた。
「えっと……、じゃあ、あそこの辺りに座っていていただけませんか?」
「分かった」
 彼女の言葉に素直に従って、ライルはゆっくりと歩を進め始める。
 ――どこにしようか。
 そんな、実際はどうでもいい問題を考えながらの捜索。

 が、その途中で――出会ってしまった。

 それも――一番、予想だにしていなかった人物と。

 まずは目が合った。
「…………」
「…………」
 お互いに硬直すること、数秒。
 続いて頭をよぎる、『何でここにいる?』という言葉。
 そして次の瞬間には、二人は浮かび上がったその言葉を素直に口に出していた。
「何で……ここにいるの? ライル」
「そういうお前こそ……どうしてここにいるんだ。リタ」
 まさに……邂逅。
 二人とも目を真ん丸にして驚くその光景は、さぞかし滑稽である。
「……私は、休憩。時間が空いてたから」
 先に冷静になったリタから、まずは言葉を紡いだ。
 そう言われて、改めて彼女の周囲に目を凝らすと、確かにテーブルの上には皿に置かれたくし団子が3つ。その横には2本の串が置かれてある。
「へぇ……」
 と、ライルは思わず声を漏らす。
 ――リタもこういうところに来るんだな、なんてことを思ったが所以の反応だった。
 もちろん、彼女にそんなことは口走れない。
「……何?」
 疑わしそうに目を細めて、ライルの表情を窺うリタ。
 が、それを見慣れている彼にとっては、何の強制の道具とも成り得ないものであった。
「――いや、別に」
 そう言って、ライルは話を適当にはぐらかす。
 対するリタの表情は、やや不満げだ。
 まぁ、あからさまに誤魔化されているのだから、仕方のない反応ではあるのだが。
 と、そんな二人の間に割り込むように――
「どうしたの、ライルさん? って、あっ……。そういえば、リタさんとライルさんって知り合いだったんだよね」
 ライルの注文を尋ねに、何一つ事情を知らない無垢な少女がその場に現れた。
 人、これを『良い人オーラ』と言う。
「あ、あぁ……」
「だったら、同席の方がいいですよね!」
「え。いや、そんなことは……」
 思わず、そう言葉を返そうとして

 ライルは――自分の失敗に、気がついた。

「……え? そう、なんですか?」
 信じられないようなことを聞いたかのような、反応。
 ――『知り合い』は『友達』と同義。そんな常識が、彼女の中にあるがための動揺だったのだろう。
 ライルは慌てて、言葉を取り繕う。
「あ、いや。違う。勘違いしないように言っておくけどな、俺が言おうとしたのは、『そんなことは当たり前だろ』って言葉だ」
「あ、そうですよね。……少し、びっくりしました」
 そう言ってから、彼女は一度頭を下げる。
 恐らくそれは、『早とちり』をしてしまったことを詫びるためのものなのだろう。
 そうして、彼女は頭を戻して、改めるようにこう言った。
「それで、ライルさん。今日は何本お召し上がりになりますか?」
「え、えっと……じゃあ、5本で……」
「分かりました。それじゃあ、少し待っていてくださいね。すぐに持ってきますから」

 そうして、冒頭の状況に至る。

 重い。とにかく、空気が重い。
 それはもう、店の中にいる、よっぽど人の感情に鈍感な人間以外は気付くぐらいに。
 まぁ、言ってしまえば、店中の空気がこの二人に飲み込まれてしまいそうになっているわけだ。
 そんな空気に影響されてか、店の中で繰り広げられる会話は零。
 気付けば、店中の視線が二人へと向けられていた。
 が――そんなことで、変化するほど、世の中はやっぱり甘くない。
「…………」
「…………」
 相変わらず、均衡を保ったままの二人。
 ――どっちでもいいから、喋ってくれ。
 二人に視線を向けるお客たちは、涙ながらにそう思っているに違いない。
 と……そんな時。
「二人とも、……さっきからどうしたの?」
 この店の――救世主。今ばかりは、そう表現してもいい。
 店の中にいる人々の中で、”唯一”この重苦しい空気を読めていない少女が二人に、そう声を掛けた。
「……別に」
「……特に何も」
「――ひょっとして、どこか悪いんですか? お腹とか……」
「「……別に」」
「…………」
 二人の返事を機に、すっかり黙り込んでしまった少女。
 その瞬間、店内には絶望の色が浮かぶ。
 ――あぁ、やはり彼女でもダメだったかと。
 
 が――それこそが、見当違いであった。

 ――ガシッ

「……え?」
「……は?」

 突如、二人の手をそれぞれの手で掴む少女。
 その行動にライルとリタは思わず呆気に取られ、変な声を上げた。
 が、彼女の行動はそれで終わらない。間髪入れずに、言葉を紡ぐ。
「お父さん! ライルさんとリタさんに、団子を10本ずつ持ってきて!」
「はいよ〜」
 少女の言葉に、その父親は待っていましたと言わんばかりに言葉を返した。
 その展開の早さについていけず、しばらく二人は呆然と場の状況に流されていた。
 それから数秒後、ようやく先に状況を察知したライルが、大きく声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなに頼まれても、俺は……」
 ――お金を払う余裕はない。
 そう言おうとしたライルの目に、少女の満面の笑みが飛び込んだ。
「――大丈夫だよ」
 それを見て、ライルは思わずたじろく。それは何の悪意も感じられない表情だった。
 そのせいか、言葉が続かないライルに構わず、少女は言葉を続ける。 
 ――店中に響き渡るような、大きな声で。

「それじゃあ、これから第一回、団子早食い勝負を開始します! 参加者はライルさんと、リタさん!」
「「……は?」」

 少女の言葉に呆然とする暇もなく、彼らの前に用意される10本の――団子。
 なるほど、ルールは分かる。――分かるのだが。
「ちょ、ちょっとま……」
「ひょっとして、ライルさん。――逃げるんですか?」
 少女の放った言葉に、思わず圧倒されかけるライル。
 が、すぐに気を取り直して、彼は言葉を紡いだ。
「い、いや、そういう意味じゃなくて。何でいきなり早食い対決なんだ! リタ、お前からも……」
 ――さすがのリタも、今ばかりは言いたいことがあるだろう。
 そう思って、彼女へと視線を向けたライルは――呆然とした。


 スッと目を細めて、その瞳は鋭くライルの目を射抜く。


 リタは……燃えていた。
 

 

 それと同時に気付く。
 彼女の負けず嫌い精神は……相当なものだったと。

 忘れていたわけじゃない。最近は何かと平和で、そう言った場面にめぐり合っていなかったのだ。
 だからこそ、気付けなかった。
 彼女は常時、冷静なわけじゃない。
 きっかけさえあれば、その仮面はすぐさま外れてしまうのだと。


 そして――視線を向けたライルに人差し指を向け、一言
「――逃げるの?」
 そう、言った。

 だから、言ったのだ。

 世の中は――そんなに甘くないと。




 燦々と照りつける太陽。
 夏はそろそろ過ぎ去った頃だというのに、その暑さは衰えということを知らない。
 そんな中を、二人は歩く。――早すぎず遅すぎることもない、ゆったりとしたペースで。

「また……負けた」
「……っていうか、あれはカウントに入るのか?」
「…………」
「……悪い、変なことを聞いた」
 彼女の有無を言わせぬ視線に圧倒され、ライルは思わずそんな言葉を紡ぐ。

 ――結局、団子早食い勝負の軍配はライルに上がった。
 まぁ、分かりきっていたと言えば、そうなのだが……。その際の、リタの必死さと言ったら……少し、他人には見せられないものがある。
 が、問題はその後。そう、胃袋の状態だった。
 はっきり言って、朝から団子15本は辛すぎる。1本に3個の団子があるのだから、計45個。この量は、やはりいくらなんでも辛い。
 ということで、腹ごなしに帰路はゆっくりとウォーキング。
 そのおかげか、団子屋を出た時よりは大分胃腸の調子が戻ってきた気がする。

「次は、負けない」
「はいはい……」
 すっかり聞きなれた彼女の言葉。それを軽く聞き流し、ライルはゆっくりと歩を進め続ける。
「…………」
「…………」
 そうして訪れる、自然な沈黙。仕方ないと言えば仕方ない。今回の出会いは、邂逅でしかなかったのだから。
 だから、お互いに掛けあう言葉は、もうないかと思われた。
 しかし、そんな時、不意にリタが呟くように口を開く。
「……ライルだけと帰るなんて、何年ぶりだろ」
 彼女の言葉を耳にして、ライルもふと記憶を呼び起こしてみる。
 確かに……リタがこちらに来てから、二人だけで帰路につくという経験はない。
「……そうだな。昔はアルドもガルシアも一緒にいたし……」
「そうね。それで、私はいつもライルの後ろを歩いてた」
「……そうだったか? いつもガルシアが隣にいたのは覚えてるけど」
「アルドはいつもライルの隣にいたでしょ。……ライルは昔から、あの二人には好かれてたから」
「……ちっとも、嬉しくないな」
「……そうなの? あの頃のライルは、嬉しそうだったけど」
「子供の頃から、それを意識して付き合うやつがいるかッ!!」
 リタの言葉にツッコミを入れる形で、ライルはそう言った。
 まぁ、若干ひねくれていた部分があったことは否めないが。

 彼らには歩きなれた道。
 だけど、二人には――初めての道。
 隣り合う二人のペースは、ゆったりとしたまま変わることはない。
 そんな中、ライルがゆっくりと口を開いた。
「……そろそろ、さ」
「…………?」
「終わりにしないか? その、……勝負とか、そういうのは。今更、どっちが優れているかなんて、大したことじゃ……」


「いや」


 ――一閃。
 それは、たった二文字の言葉。
 その威圧感に、説明を続けていたライルの口は――停止した。
 リタは続けて口を開く。
「ライルが嫌だと思っているなら、終わりにしてもいい。だけど、『大したことじゃない』とか、そんな理由で終わりにするっていうのは、私はいや」
「…………」
「だから、嫌だと思っているなら、正直にそう言って。無理して付き合ってもらってる方が、私にとっても辛いものだから」
「いや、そんなことは……ないんだが」
「そう……」
 ライルの言葉を聞き、彼女は顔を伏せる。
 ――こういう時はどんな言葉を掛ければいいのだろう。
 ライルの頭によぎる、そんな思い。
「――じゃあ、さ」
「…………?」
 ライルの言葉に、伏せていた頭を上げるリタ。

 これが適当な言葉なのかは分からない。
 だけど、こんな場面にいつも寡黙になるなんて――男として恥じるべきだろ。
 だから、彼女に言葉を掛ける。――男として。

「1週間後、どっちが聖書の内容を多く覚えているか、勝負しないか?」
「――ライルは、それでいいの?」
 心底意外そうな表情を浮かべて、リタはライルの表情を窺う。
「いいから、俺が提案してるんだろ? それで、どうするんだ? もしかして、逃げたりはしないよな?」

「――バカにしないで」

 再び、一閃。

 燦々と照り輝く太陽を背中にして

 少女は、宣言する。


「――次は、絶対に負けない」



 それが少年と少女を結ぶ――コネクション。


 こんなものでしか、お互いを止めておけないこの世界は

 やっぱり――甘くない。


終了


あとがき
 久しぶりすぎて、かなり文章力が落ちている現状に愕然とする朔夜です。
 すみません、色々とすみません。ライル×リタが書きたくて、訳の分からない一品が出来上がってしまいました。
 ……これからはちゃんと書いて行こうと思ってます。さすがに1日1作は無理かと思いますが、ゆっくりとしっかりと。
 では、またの作品投下をお待ちになっていてくださいね。
 以上、朔夜でございました。