ちょっと待て……。
こ、この状況は何?
顔には男らしく少しゴツゴツした胸が当たって、背中には腕が回されている。
えー、つまり、これはその……。
私は、だ、抱きしめられてるってこと!?
現に抜け出そうと思っても、思ったより力が強くてまったく抜け出せない。
現に、抱きしめてきた彼は黙ってしまってるし。
でも……
抱きしめられていることはあんまり嫌じゃない。
抜け出そうとしたけど、本当はあまり力が入っていなかったかも。
これって……ひょっとして。
あぁぁぁぁぁぁ!!
と、とりあえずこんな状況になってしまったのを思い出さなきゃ!
自分の気持ち
リタがこんな状況に陥る数分前、彼女は居間にいた。
何故かといえば、簡単なこと。
ここ最近の喰の動向や、ガルシアたちの動向についての情報をまとめていたためだった。
とはいっても、その情報の量は半端ではない。
重要な情報もあれば、ほとんど半信半疑な情報だってある。
しかし、完璧主義者であるリタは、完全に情報を処理しきらないと済まない性格であった。
現に、リタは目の前に積み重なっている紙の山に向かって、2時間以上情報をまとめていた。
「ふぅ……」
だが、いくら完璧主義者のリタとはいえ、体力が無限にあるわけではない。
さすがに疲れを感じ、ひとまず一休みすることにした。
と、そこへ……
「リタか」
少し疲れた様子のライルが、居間に現れた。
あくまでも予想だが、恐らくライルはパンの仕込みを作っていたのだろう。
ここにはライルを含める4人が一緒に暮らしていたが、まともなパンの仕込みができるのはライルだけだった。
他の3人は、変な形になるわ、やばい味のパンを作るわ、パンですらないものを作るわで、本当にパン屋か? ともこの3人を見るだけでは、想像も付かない。
だから、正確に言えばこのパン屋の土台を支えているのは間違いなくライルだった。
「……おはよう」
ボソリと小さな声でリタはライルに言う。
「おはよう」
ライルもそれに返す。
元々はこの二人、ここに来てから一方的にリタがライルを拒絶していたのだが、最近になってリタの態度がかなり変わってきているようだった。
ぎこちないながらも、ライルと会話を交わすようになった。
一番の進歩は、ライルの悩みを薙刃の次に解決できるようになったことだ。
薙刃はいつも自分の気持ちを素直に言い表すから、常にライルの心は安らぐ。
リタは正直なことを堂々と言って、ライルの悩みを少しずつ解決させていく。
少し前のリタと比べると、かなりの進歩だった。
「お疲れ」
ライルは温めたお茶を持ってきて、リタの前に置いた。
「ありがとう……」
リタはそのお茶を受け取ると、少しばかり口に運んだ。
熱い……。
急いで飲んだら、間違いなく火傷してしまうだろう。
「何か分かったのか?」
ライルがお茶を机に置いて、リタに尋ねた。
リタは首を横に振る。
「……全然です。色々な情報が錯誤して、特定が難しいので……」
ライルはその言葉に納得した。
目撃情報なら、そこら中で見つかるはずだ。
それを一つの場所に絞るなどとは、ほとんど不可能に近い。
首席で突破したライルですら、不可能だと思ったぐらいだ。
「……ごめんなさい。ライル……」
リタは特定できなかったことが申し訳なく、頭を下げた。
「い、いや。別にそんなに謝らなくてもいい。元々、無理な問題だしな?」
リタが自分に頭を下げたことに驚いて、ライルは慌てて優しい言葉を投げかけた。
しかし、リタはそれで納得するわけがなく、頭を下げ続けていた。
(っ……)
元々難しいことだと分かっているのに、ずっと頭を下げられたままでは、下げられたこちらまで悪い気分になってしまう。
現にライルもそうだった。
だからだったからかは分からないが、ライルはとりあえずどうやってリタの気分を変えさせるか考えたに違いない。
そして、次のときには……彼はリタを抱きしめていた。
ということで、最初の場面に戻るわけである。
当然、リタには自分が原因であるということが分かるわけがない。
ライルが急に抱きしめてきたことに、驚くのは当然のことだった。
でも、少しばかりだが……嬉しさを感じた。
そんなもんだから、リタに出来ることといえばただ黙って彼の胸に顔を埋めることぐらいだった。
一方のライルは、リタが黙ってしまったことに少しばかり困っていた。
元はといえば、ただリタが謝るのをやめてくれればいいだけだったはずだ。
しかし、リタは黙ってしまうばかりか自分の胸に顔を埋めてしまっている。
これでは……声をかけるタイミングがどうにも見つからない。
それに……冷静になってみると、自分の行動があまりにも大胆だったことに今更ながらライルは気づき、少しばかり恥ずかしくなった。
考えてもみれば、自分たちは手を繋ぐなんて行動もあまりしないし、抱きしめるなんてことは一切やったことがなかったはずだった。
だからといって、自分から抱きしめておきながら自分から手を離すというのは何というか……しにくかった。
それに、いけないことかもしれないが、困っているリタを見てかわいいと思ってしまった自分がそこにいた。
悩んだライルの出した答えは、リタが何かしらの反応をするまで抱きしめていよう。という結論だった。
無論、それがかえって逆効果だとは気づかないまま……
「……」
「……」
二人とも無言のままそのままの体勢で数分が流れた。
最初に沈黙していた理由は、反応するまで待っていようというライルと、いきなりのことで動けなくなったリタの行動が、偶然にも重なっただけだった。
だが、今は恥ずかしくなってとりあえず抱きしめていることしかできないライルと、恥ずかしくなってただただ顔を埋めることしかできないリタのお互いの妙な自尊心が重なって出来上がった状況だった。
少しばかり違ったことは……お互いの淡い気持ちがかすかにそこに混じっていたと言ったところだろうか。
当然、お互いに相手の気持ちを理解しているわけがない。
この二人の場合は、口に出して言わなければ決して気持ちは通じないだろう。
結局、薙刃たちが来るまで、こんな状況が続いていたそうだ。
はてさて、お互いが相手の気持ちを知って結びつくのは……いつの話になるのやら。
まずは、自分に生まれたこの淡い気持ちの正体を理解することからが、この二人のスタート地点に違いないだろう。
終了
あとがき
書いてみました、ライリタ小説。なんというか、この二人も……好きです(好きだらけだな。おい)
この二人はお互いに意地っ張りなところがあるというか、妙なプライドがありますからねぇ。でも、信頼し合っている……そんな関係がいいかもしれませんねぇ。
ジルリタも好きなんですけどねぇ、私がライルがとにかく好きな人間でして……申し訳ないですね(はは……)
んでは、今度は……ライ薙でも挑戦してみますか。
では、今日はこのあたりで