信頼してる証拠
ここは、やっぱりライルたちの暮らす住宅兼パン屋である。
と、今日この家の居間で机でお互い向かい合いながら、椅子に座っている二人がいた。
ライルと鎮紅である。
だが、…どーにか雰囲気がおかしい。
「まぁ、俺は…今まであまり気にしてなかったんだがな」
少しばかり怒気を含めた口調でライルは言う。
「はい…」
ショボンとしているのか、弱々しい口調で鎮紅は返す。
「でも、さすがに今日のことは…許せない気分なんだが…」
「ごめんなさい…」
はたから見れば、ライルが鎮紅に文句を言っているだけのように見える。
だが、それは大きな間違いだった。
今日の朝…この家で起こったことは、まさしくとんでもないことだったからだ。
軽く起こったことを述べていけば、小麦粉を運んでいる際に、突然転んでライルの顔面に小麦粉が直撃。そして、何故か破裂…。
案の定、ライルは真っ白、そして、小麦粉はいくつか無駄になった。
…もう一つ言うと、何故かやっぱり鎮紅はオーブンの前で突然こけて、案の定倒れる際、手をオーブンの手すりに引っ掛け、オーブンがオープン。
中に入っていたライルのパンが、いくつか無駄になった。
このほかにも、たくさんの出来事があった。
…しかも、それがライルに全て降りかかってるものだから、怒るのもしょうがない。
「…鎮紅。何か言い分はあるか?」
一応、相手の言い分を聞く。
これは、ライルが今も冷静で…完全に怒っていない証拠でもある。
と、聞くと…当然のことだが、鎮紅にも言い分はある。
「…あるわ」
「何だ? 言ってみろ」
ライルは結構優しい。
ここである意味、ない。と答えておいたほうが許されたかもしれない。
「…だって、私がどこでもこけるって、ライルくんは知ってるでしょう? だから、仕方ない…と思うんだけど…ダメ…かしら」
最後になるほど、声は小さくなっていった。
ライルの様子に、ビクビクと怯えながら、鎮紅はライルの言葉を待った。
ライルはそんな鎮紅の様子を見ながらも、フゥーと息を吐いた。
「…分かった。…次から気をつけるなら、許す」
鎮紅の表情がパァーっと明るくなる。
まるで、親からおもちゃを買ってもらった子供のような表情の変化だった。
「あ、ありがとう。ライルくん…」
「…絶対だからな? …今度は怒るからな」
「わ、分かったわ」
ビクッと反応して、気合を入れるように鎮紅は手をグッと握って答えた。
そんな鎮紅の様子を見ながら、小さくライルはため息をつく。
(はぁ…。何ていうか、俺も結局…甘いよな…)
ずっと一緒にいる…というか、そんな安堵感があって…約束と聞くと…なんでも許せてしまいそうになる。
…これは鎮紅に限ったことじゃない。
信頼してる証拠…っていうのは、大げさかもしれないが…そんなもんなんだろうなぁ。きっと…
次の日、…やっぱり鎮紅はこけた。
しかし、…ライルに被害が及ぶことはなかった。
終了