「……」
「あら? 迅伐、どうし……」
 鎮紅が、厨房の中で一人佇む迅伐の姿を見つけ、声をかける。が、その足元には……。
「って、ライルくん!?」
 そう、ライル・エルウッドが倒れていた。
 そして、今日という波乱の一日が幕を開けるのである。

惚れ…薬?

 とりあえず、あの後、薙刃やマリエッタたちを呼んできて、倒れたままのライルを厨房から連れ出しはしたが……。
「迅伐、ライルくんに何をしたの?」
 鎮紅が、そう彼女に問い掛ける。鎮紅が彼女たちの姿を確認したとき、あの厨房にいたのは、迅伐とライルだけだった。となれば、迅伐が彼に対して何かをしたとしか思えない。
「……これ」
 そう言って、彼女は手元に一つの液体が詰まったビンを取り出した。その液体の色は、桃色に近い。見た目からして、やばそうな雰囲気がある。
「……何よ。これ」
 冷や汗を浮かべながら、マリエッタが迅伐に尋ねる。
「……薬」
「やっぱり……」
 と、ため息をつこうとする女性集団だったが……。
「……でも、ただの薬じゃない。……これは、惚れ薬」
「……は?」
 惚れ薬と言えば、あれだ。飲ませた相手が、自分のことを好きになるという魅惑の薬。
「迅伐、あんた、ひょっとして……ライルのことが」
「……」
 マリエッタの問いかけに、迅伐は答えようとはしない。
「そんな……。ずるいよ、迅伐!」
 薙刃が、迅伐にそう訴える。彼女自身も、ライルのことは気になっていたのに、こんな横取りされるような形だと、納得がいかないのである。
「正々堂々……じゃないわね。迅伐」
 笑顔を浮かべながら、鎮紅も彼女に顔を向ける。顔は笑顔だが、それは睨んでいるという表現でも、決して間違いではない。
「そうよね……。私も、ちょっと納得がいかないわ」
「はい……。私もです」
 マリエッタも、リタも、同じように迅伐に視線を向ける。結局のところ、みながみな、ライルに何かしらの好意を抱いているということだ。
 睨まれるような視線を一身に受ける迅伐は、小さく呟く。
「……まだ、分からない」
「え……?」
 まだということは、どういうことだろう? 迅伐を除く四人が首を傾げると、迅伐は言葉を続けた。
「……ライル様が目を覚ましたときに、目の前にいた人のことが、ライル様は好きになるの」
 とは言えども、ライルはまだ眠ったままだ。迅伐が言ったことが事実だとすれば……
「ということは……つまり」
「ライル様が、誰のことを好きになるかはまだ分からない」
 その言葉を聞いた四人の空気が、途端に――一変した。
「じゃあ、どうするのよ?」
 つまり彼の目の前にいるべきは、たった一人ということだ。それを決めなければならないだろう。
 しかし、それを誰かに譲るつもりは、誰一人としてない。誰もが、彼の目の前にいたいのである。
「じゃあ、じゃんけんで決めようよ!」
 一向に決まらない雰囲気を感じ取ったのか、薙刃が自分を除いた四人に、そう提案する。
「……いいよ」
「それなら、恨みっこなしね」
「別にいいけど」
「……負けません」
 五人の瞳の中には、まるで炎が燃え滾っているようであった。
 さて、そのじゃんけんの勝者とは……。

続く。