おかしな人

 きっかけは…あの日。
「真打登場ー!!」
 屋根の上から飛び降りてきたあの人を見て…最初は『馬鹿?』と少なからず思った。いや、今でも『馬鹿』とは思わないにしても『訳が分からない』と思うことはよくあるけど…。
「妬けるね」
 あの冗談交じりの言葉が今でも私の心に響く。だって…そんな言葉をかけられたのは…初めてだったわけだし…。それまではずっと勉強一筋でそんなことを考えている暇なんてなかったから。

「はぁ……」
 ため息をつく。最近の私はどうも変だ。仕事のことは集中できなくなって、気付けばあの人のことばかり考えている。
「おかしい…」
 ポツリと小さく呟く。
「何がおかしいんだい?」
 そんなとき、あの人の声が聞こえて…って
「え?」
「とぅ!」
 次の瞬間…ベランダを見ていた私のすぐ近くに突然あの人が上から落ちてきた。
ポキッ
 何かが折れる音と同時に。

「ジルさん、今までどこに…」
「ここの二階の屋根の上で飛ぶべきチャンスを待っていたんだ」
「……」
 何をやっているんだこの人は…。そう思って、ため息を小さくつく。
 ベランダで立っているあの人の片手にはやはり松葉杖があった。もうここまでくると、アクセサリーも同然だった。
「それで大丈夫なんですか? 足は」
 そう尋ねると、あの人はいつものように笑って…
「あぁ。多分、明日には完治してるから気にしないでくれ」
 と言った。慣れのせいだというが…だとしたら慣れていない頃は一体どうだったんだろうか…と思う。
「さてと…ライルはどこにいるかな?」
「え? …多分、厨房だと思いますけど」
「そうか。すまないね。リタ」
「いえ……」
 そう言うとあの人は松葉杖を高速で扱いながらまるで普通に歩いているかのように歩く。これも慣れだそうだが、決して慣れるべきではないと…私は思う。
「あっ、あとリタ」
 そんなとき、あの人は振り返って…
「心配してくれてありがとう。嬉しいよ」
 笑顔でそんなことを言った。
 かぁーッと顔が熱くなってくるのが自分でも分かる。
「し、心配するのは当たり前じゃないですか!」
「それもそうだね。ごめんごめん」
 そういって、あの人は家の奥へと消えていった。
 からかわれている…それはちゃんと分かっているのに、何故か相手をしてしまう。そして、あの人に相手をしてほしい…構ってほしい…そう思っている私もいる。
(訳が分からない…)
 この不思議な感覚をまとめるには…まだまだ時間がかかりそうだ。ひょっとして私にとっては、今まで一番の大仕事になるかもしれない…。そんな予感がしてならなかった。


終了