『私があんたを守る!』

 あまりに不合理なことに思わず彼にそう発していた私。

 最初は、少し軽い気持ちだった。

 でも……。

『俺がお前を守る!』

 彼は私を心配してそう言ってくれた。

 嬉しかった。

 素直に嬉しかった。

 それからだった。

 彼のことをとても心配するようになった。

 ここから彼が消えて欲しくなかった。

 当然、今だってそんなことを考えている。

 彼は、私のことをどう考えているのだろうか……。

 *START―あの日の約束―* そして始まる日々 第二話

「おはよう。あいちゃん」

 教室に着くや否や、一人のクラスメイトが笑いながら森に話しかける。

「おはよう。さよぴー」

 森は笑いながら、それに返事をする。

 そのクラスメイトは、森との挨拶を済ませると植木のほうへと視線を向ける。

「植木くんもおはよう」

 森のときと変わらない笑顔で、クラスメイトは植木に言った。

「おっす……」

 植木も手を上げて、それに答える。

 ごく当たり前に見えるこの風景。

 しかし、数年前までは植木はすっかり女子に嫌われていた……。

 近づかれないどころか、ついたあだ名が「植菌」。

 これだけでも、よほど女子に嫌われていたということが分かるであろう。

 だが、森だけは違った。

 コバセン曰く、何かしらの理由で罰が森にだけ歪んだのだろう。と言っていた。

 そして、高校になってからは森の助力と、自分の努力さが認められたのか、女子たちが少しずつ植木に話しかけるようになった。

 そして今では、すっかり女子と普通に話せるようになっているわけである。

「あっ。そうそう。ちょっと植木くんに聞きたいところがあるんだけど……」

 クラスメイトの言葉に、植木は耳をかたむける。

「ん? 何だ?」

「ほら。植木くんは植物の分野、得意でしょ? ちょっと分からないところあるから、教えてもらおうかなぁって思って。お願いできない?」

 と、手を前に揃えてクラスメイトは言った。

「あぁ。いいぞ」

 植木にとって、このクラスメイトの言葉を断る理由はこれっぽっちもなかった。
植木は二言でそう返事をすると、自分の席へと向かった。

 森はそんな植木の後姿を無言で見つめている。

 

 その場に残ったのは、クラスメイトと森の二人のみ。

 いや、クラスメイトは他にいるのだが、植木のいた場所という風に捉えてほしい。

「植木くんって、いい子だよね。」

「まぁね」

 森はさして興味がないかのように、クラスメイトの言葉に返事した。

 そんな森の様子に、クラスメイトはクスリと小さく笑って言う。

「ひょっとして、あいちゃん。私に嫉妬しちゃった?」

「なっ!? そ、そんなわけ……!」

 顔を真っ赤にして、森は慌てたように反応する。

 そんな反応はクラスメイトにとっては、肯定のようにしか見えなかった。

「安心しなさいって。誰もあいちゃんから、植木くんをとろうなんて考えないわよ」

「ばっ!? だから、違うってば!!」

「はいはい」

 真っ赤に染め上げた顔で、反抗してきてもまったく迫力は感じない。

 クラスメイトはまったく相手にしない様子で、森の言葉を退けた。

「でも、そろそろ決心しなきゃまずいんじゃない?」

 しばらく会話した後、突然クラスメイトがそう切り出した。

 何を決心するか。そんなことは、森にはすぐに理解できた。

 真剣な表情をして、クラスメイトは続ける。

「植木くんは、私の目から見てもかなりの上玉だしね……。現に、後輩からもたくさん告白されてるって聞くし……」

「知ってるわよ……」

 クラスメイトが言ったことは、確かに森の耳にも届いていた。

 植木が何かしらその話題に触れることは無かったが、当然同じ学校だ。

 そんな噂ぐらい、嫌でも耳にしてしまう。

 現に、一昨日にも森が一緒にいない僅かな放課後の時間に、呼び出され後輩に告白されたという。

 植木は、「ごめん」の一言で断ったらしいが、その報せを聞くたびに森の心は痛んだ。

 それでも、毎日何事も無かったかのように話しかけてきてくれる植木の態度があったからこそ、森はそのことをあまり気にしなかった。

 だが、そんな日常だっていつ崩れてしまうか、分からない……。

『お前は俺が守る!』

 ふと、植木の言葉が森の頭をよぎった。

 だが、そんな心とは打って変わって口から出た言葉はまるで違った。

「でも、植木が誰と付き合っても、私には関係ないじゃない。それに、植木は就職だし。私は進学するのよ? 植木とは単なる腐れ縁よ。腐れ縁」

 と、森は言った。

(ばーか。無理しちゃって……)

 そんな森の言葉を聞いて、フッと小さく笑いながらクラスメイトは思った。

 ただの腐れ縁の人間が、毎日一緒に登下校するか?

 答えは否。そんなはずはなかった。

 誰がどう好き好んで、高校生にもなって一緒に登下校するものか。

 と、考えたクラスメイトの視線にあるものが映る。

(……ほら。やっぱり……)

 クラスメイトの考えは、考えではなく確信へと変化した。

 だが、あえてそこはちょっかいを出さないでおく。

 キーンコーンカーンコーン

 それからしばらくして、始業のチャイムが鳴る。

「起立。礼」

 本日の日直である女子の声が、クラス内に響く。

「おはようございます」

 そして、今日も何も変わることなく一日が始まった……。

 物足りないとか……、言えないよ。

これ以上望んだら、私、あんたとの関係がどうなっちゃうか考えるだけで怖いから……。

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