「ふーん……。そりゃぁ、災難なこったな」

 自らの椅子に腰を下ろしながら、コバセンはそう言った。

「……」

 特に言い返せるわけでもなく、植木は軽く黙ってしまう。

 二人がいる場所は当然、職員室である。

 何故かというと、植木がコバセンに昼休みのこともかねて色々と相談しようと思ったからである。

 植木にとってコバセンは、ある意味家族の次ぐらいに植木の理解者でもある。

 そんなコバセンだからこそ、植木は相談しようと思ったのだ。

 だが、場所は職員室。

 いくらコバセンでも、今だけはめんどくさそうだった。

「まぁ、いつだっていいじゃねぇか。無理に急ぐ必要なんてないだろ」

 案の定、コバセンはめんどくさそうに言う。

「……怖いんだ」

「ん?」

 顔を俯かせて、植木は言う。

 そんな植木の態度に、コバセンの態度が少しばかり変わった。

「……早く伝えないと、あいつが手の届かない場所に行ってしまいそうで」

「……」

 コバセンも真剣な表情で、植木を見つめた。

「なぁ、コバセン。俺、どうしたらいいんだ?」

 植木の問いに、コバセンは簡単に答える。

「悩んでるくらいだったら、とっとと言っちまえ。そっちのほうが楽だろ」

 コバセンは、さらに続ける。

「それに、お前がどう森に伝えようと決めるのは森自身だ。所詮、お前の考えていることは自分の我が侭に過ぎないんだよ。」

「……」

 コバセンの言葉で、てっきり植木は黙ってしまった。

(……言い過ぎちまったか?)

 やれやれといった感じにコバセンは頭を振る。

 そして、言葉を続ける。

「だが……、あくまでもそれに答えるのは森自身だ。俺が森の考えていることなんて知る由もねぇし、お前もそうだろ?」

「あぁ……」

「だったら、言ってみるのもいいかもな。森がどう答えても、お前の想いは少しでも森に届くんじゃねぇか?」

(そう……。互いに支えあっているお前らだったらな)

 そう意味を含めて、コバセンは言った。

「そうだな……。サンキュ、コバセン。」

 植木の表情が若干先ほどよりも明るくなった。

 だが、コバセンもこのまま終わらせるつもりはなかった。

 最後に、一言ぐらいおちょくってみるのもいいと思っていたからだ。

「ま……、いきなり抱きしめて押し倒しちまえば一発だがな。」

「なっ!?」

 案の定、植木の顔は赤く染まっていた。

 コバセンのおちょくる作戦は、大成功を収めたようだ。

*START―あの日の約束―* そして始まる日々 第五話

「コバセンの馬鹿やろう……」 

 職員室を後にして、植木は愚痴を呟く。

 相手は、あのコバセンだ。

 そういう言葉だって、想像していたはずなのに……、やはりコバセンは予想を裏切らなかった。

 コバセンの言葉で、森に言う決心がついたのも事実だ。

 だが、最後のコバセンの言葉で嫌な想像が思い浮かんでしまう。

(森だったら、どんな反応するだろうな……。って、何考えてるんだ! 俺は!)

 ブンブンと大きく首を振って、植木は自らの妄想を振り払う。

 はたからみれば、どこからどうみても変人である。

 偶然にも、近くに女子たちがいなかったことだけが幸いだった。

 今はかなりマシになったが、昔だったらボコボコにされていたことだろう。

(……昔か)

 ふと、植木は中学時代のことを思い出す。

 女子にとことん嫌われていた植木を救っていたのは、森ただ一人だった。

 自分を庇って怪我をしたこともあったし、女子から脅しをかけられたとも聞いた。

 それでも、森は植木を見捨てなかった。

 いつも植木が森のことを心配すると、森は決まって

「大丈夫。大丈夫。これぐらいあんたに比べたらヘッチャラよ!」

 と言ってきかなかった。

 それは植木にとって嬉しいことでもあった。

 だが、それは植木の不安の一つにもなった。

 自分が森を酷い目に逢わせている……。自分がいなければ、森は普通に過ごせているはずだ……。

 そう、自己嫌悪に陥ったときもあった。

 何度も、森のためと思って森と絶交しようと考えた。

 だが、結局それはできなかった。

 森の笑顔を見たとき、そんな考えはどこかに消え去ってしまっていたからである。

 考えてもみたら、あの頃から……自分の心のほとんどが森のことで埋まっていたのかもしれない。

「はぁ……」

 小さくため息を一つ。

 疲れたからではない。

 努力ではどうにもならない恋愛ということの難しさに、植木はため息をついた。

(でも……、今日こそ)

 決心が揺るがないうちに……。

 そう心に刻みつけ、植木は教室へと足を進めた。

続       第六話へ

 どうして……、どうしてお前はそんなに優しいんだ? 単なる世話焼きなのか? それとも……

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