「はぁ……」
森は小さくため息をつく。
思い出すことは、本日の昼休みのこと。
一世一代のチャンスだったかもしれない……。
あの場なら誰もいなかったし、自分の意地っ張りな性格が出なかったかもしれない。
でも、結局は言えなかった。
原因はチャイムじゃない。自分の心の弱さ。
「あいちん。どうしたの?」
ため息をついたことに疑問を持って、一人のクラスメイトが森に話しかける。
「ううん。何でもないよ……」
机に突っ伏しながら、森は答える。
だが、そんな状態の森を見て、クラスメイトが何でもないと思うわけがない。
「ひょっとして、植木くん関係?」
クラスメイトがボソリと言う。
「……ッ!? な、何でッ!?」
だが、森にとっては完璧な図星である。
案の定、森の顔は真っ赤に染まっていく。
クラスメイトは、やっぱり……と言ったような顔で言う。
「だってあいちんが落ち込む理由なんて、植木くんのこと以外見つからないもん。」
森は何とか否定しようと試行錯誤するが、やがてあきらめる。
「……うん。ちょっと……ね」
森は「ちょっと」と言ったが、様子を見ている限りちょっとではないようだ。
クラスメイトはそれを感じ取った。
「ひょっとして……、“これ”関係?」
小指を立てて、クラスメイトは森に問う。
森は顔を赤くさせるが、そんな反応をした後に否定したところで無駄だと思い、正直に答えた。
「うん……」
と、答えたのはいいが恥ずかしくなったのか、森は俯いてしまう。
クラスメイトはやれやれ……と言った様子で、森に言う。
「そんならさ、言っちゃえばいいじゃない。」
クラスメイトの言葉に、森は首を振る。
「そんなこと…できるわけないじゃない。私はいじっぱりだし、かわいくないし、それに……植木には他に好きなやつがいるのよ」
*START―あの日の約束―* そして始まる日々 第六話
植木には他に好きなやつがいる。
それは、中学のころに聞いた言葉。
あの頃の植木は、女子にモテモテだった。
ひょっとしたら、女子たちを遠ざけるための口からのでまかせかもしれない。
でも……ひょっとしたら
本当に好きなやつがいるのかもしれない。
高校が離れ離れになって、毎日その人のことを考えているかもしれない。
そう考えたら……とてもじゃないが言えるわけが無い。
否。言おうと思えば言える。単に自分に勇気がないだけだ。
植木とこのままの関係でいたい。
そう、甘えてしまう自分がそこにはいる。
やがては離れていってしまうというのに。
森の言葉にクラスメイトは少しおかしくなって、小さく笑う。
「ど、どうしたの?」
急に笑ったクラスメイトの行動の意味が分からず、森は尋ねる。
クラスメイトは、ごめんごめんと謝りながら、森に言った。
「あいちんは、充分かわいいよ。クラスの男子から人気だってこと、あいちん知らないでしょ?」
「え?」
森は思わず声を上げる。
そんなことは初めて聞いたからだった。
クラスの男子に人気? でも、そんな素振りなんか……。
クラスメイトの言葉に、森は疑問を持っていると、クラスメイトは言葉を続けた。
「それに……、あいちんは意外と植木くんのこと、分かってないんだね」
その言葉は、森に衝撃を与えた。
植木のことはクラスの中では自分が一番知っている。
そのはずなのに……。
「そ、そんなわけないじゃない! 植木の好きな食べ物だって趣味だって、知ってるのよ!」
森はクラスメイトに思わず言い返した。
植木のことをわかっていない。
その言葉を受け入れたくなかったから。
森の言葉に、クラスメイトは言い返す。
「そりゃ、あいちんは他の人より植木くんのことは知ってるよ。でもね、植木くんの気持ちをあいちんはまったく分かってないよ」
「え?」
(植木の……気持ち?)
クラスメイトの言葉を、森はすぐに理解することはできなかった。
植木の気持ちだって、私は……
(あれ?)
そういえば……、植木の気持ちなんて私は考えたことは……ない。
分かっているのは……
植木の身辺や特徴……だけ?
植木の気持ちが、私には……分からない。
「あいちんが悩むのは仕方ないよ。でも、ちゃんと植木くんの気持ちも理解してあげなきゃ」
クラスメイトはそう言った。
クラスメイトに言われて、森は少し考えてみる。
植木は……いつも私を助けてくれた。
危険にさらされても、植木は助けてくれた。
あの戦いが終わっても、植木は……いつも隣にいてくれる。
(何でだろう)
仲間だからって、ずっといる必要はない。
高校まで一緒にする必要もないはずだ。
でも、あいつは……
『いいじゃん。別に。俺ががんばればいいだけの話だろ?』
私の狙っていたこの高校に、挑戦した。
先生に何度も不可能だと言われながらも。
毎日、何時間も勉強して。努力して。
何故? 仲間だから? でも……それだけ?
植木は、何か他の理由があって、一緒の学校を選んでくれた?
植木の気持ちが……自分にはやはり分からない。
すっかり悩み込んでしまった森に、クラスメイトは優しく声をかける。
「すぐに分かろうと思わなくてもいいんだよ。あいちん。少しずつでも、植木くんの気持ちを理解できるようになれば、植木くんもきっと分かってくれるよ。あいちんの気持ちを」
「そうかな?」
森の問いに、クラスメイトは何の迷いもなく「うん」と答えた。
それは、決して慰めのためではない……。
(植木くんだって、あいちんのこと好きなんだからさ)
そう、確信を持っていたからだった。
今は分からなくてもいい。
少しずつ、少しずつ……相手のことを理解しあえば
やがて、二人は繋がっていくだろう。
それは何年かかっても、何日かかってもいい。
ただ分かろうとする気持ち。それが大事。
運命の時間はやがて、刻々と近づきつつあった。
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教えてよ植木。あんたの気持ちを……。答えてよ植木。私の気持ちに……。