*START―あの日の約束―* そして始まる日々 第八話
「森!!」
図書館のドアを開けると同時に植木は叫んだ。
森は…いた。
だが、ここで今更ながら植木は気付く。
ここが図書館で、図書館という場所は静寂に包まれていなければならない場所だと。
「あ……」
しまった…という後悔を感じたときにはすでに遅い。
文芸部担当の先生がツカツカと植木の元に歩み寄ってくる。
その顔は不気味なくらいの笑顔だった。
植木の背中に冷や汗が流れる。
(まずい…まずい…まずい…。気持ちが焦りすぎた…)
チラリと視線を森へと向ける。
森は植木と視線が合うと、視線を逸らしてしまった。
そして、気付けば目の前には先生の怒り心頭の姿が。
「図書館では静かにしてもらえませんか? 植木くん?」
女の先生だというのに、雰囲気が怖い。
噂では本に命をかけている人だとか、本を読まないと生きていけない人間だとか、三度の飯よりも本が好きだとか色々な噂が立っている先生だった。
「は、はい」
植木は本能で感じ取った。
(図書館で騒いだら…きっと殺される)
と。
渋々、植木は文芸部が終わるまで玄関で森を待っていることにした。
「ふぅ…」
植木が行ったことを確かめると、私はため息をついた。
いきなりドアが開いたと思ったら、『森!!』って大きな声で植木は自分のことを呼んだ。
普通、驚かないはずがない。
現に、名前を呼ばれていない他の文芸部の人たちもビクッと身体を震わせていたんだから。
先生もやれやれといった様子で、再び席についた。
文芸部って言ったって、することは本を読むことだけじゃない。
部誌を作ることもあるし、小説とかを書くこともある。
でも、自分の書いた小説を植木に見せたことはない。
恥ずかしいというか、やっぱり小説というものは近い人には見てほしくない。
矛盾してるけど、作文とかと違って小説はその人の心とかがよく分かるから…。
というか、自分が文芸部だということも植木には教えていないはずなのに…。
(私ってそんなに文芸部っぽいかなぁ…)
植木の中では私はそんなイメージがあるんだ…と苦笑を漏らしてしまう。
きっと植木は、玄関で自分のことを待っている。
過信というわけじゃないけど、何となく分かってしまう。
植木があんなに真剣だったのに、あのまま帰ってしまうなんてあるはずがない。
そんなことが分かるのは、きっと植木とすごしてきた日々がとても長いから。
長いって言ったって、幼馴染とかそういう古くからの付き合いじゃなくて、ここ3〜4年の付き合い。
3,4年で相手のことが完全に分かるなんてありえないけど…。
でも、植木はとっても分かりやすい。
困っている人を見ると、敵味方関係なく絶対に放っておけないとか。
いつもはボーっとしているのに、いざとなるとすっごいしっかりしてるところとか。
仲間のことを馬鹿にされると、怒るところとか。
何事にも興味がないように見えて、実はとっても優しいとか。
ここ数年で植木のことは結構わかるようになった。
植木のことを知りたいとか、そんなことを考えなくても。
植木にはどこか人を惹き付ける魅力がある。
きっと、私もその魅力に囚われた人間の一人。
「……」
静かに今読んでいる本のページをめくる。
私の今読んでいる本は、男の人と女の人の悲恋小説だ。
思いは通じ合っているのに、お互いに伝えることが出来なくて、最後には男の人はそのまま戦争に行ってしまって死んでしまうお話。
ふと、私と植木のことをこの二人に照らし合わせてみた。
想いが通じ合ってるなんてことは、ただの私の過信だけど。
お互いに思いを伝えることが出来ない。
本当に植木がそうだとしたら、これは私たちにピッタリ当てはまる。
植木はどうかわからないけど、私は意地っぱりな性格が災いして、一向に伝えることは出来ない。
戦争に行ってしまう。
…戦争はない、だけど似たようなことが植木には当てはまる。
考えたくないけど…いつかは覚悟していること。
それは、植木が天界に帰ってしまうこと。
何も伝えないまま、植木は天界へと帰ってしまう。
そうなってしまえば、私たちもこの人たちと同じ今生の別れになってしまうかもしれない。
でも、私にそれを止める権利はない。
それは植木の家の事情であって、私が入っていいことじゃない。
でも、そんなことはきっとないはず。
だって、それだったらあのバトルが終わったすぐ後に、迎えに来てもいいはずだから。
でも、何か考えれば考えるほど、嫌な予感がする。
実はあのときは植木を迎え入れる準備が出来てなくて、今着々と植木を迎え入れる準備が出来てきているとしたら…。
天界のことはまったく分からない、だから怖い。
でも、私にはきっと祈ることしか…出来ない。
第9話へ
ねぇ、植木。もしもの話だよ? あんたの本当の家族が、あんたを呼びに来たら、あんたはどうするの?
天界に帰ってほしくないなんて、ただの我侭だってわかってるから言わない。
でも、私はあんたのその答えが、とても不安なの…。