Look me?


「植木くんって、絶対にあいちんのこと好きだよ!」
「・・・は?」

お昼休みになって、私は自分の席に座って黙々と本を読んでいた。
今話題の作品ではないけど、私が好きな筆者がついこの前出版した最新作。本当は買った当日に読みたかったんだけど、ここ数日はテストに備えた勉強に追われていて、落ち着いて読める雰囲気ではなかった。
そのテストもようやく昨日終わり、ようやく楽しみにしていた本が読める、と思っていたんだけど・・・。

「絶対そうだよ! っていうか、あれで何もないっていう方がおかしいよ!」
「だよねー! あたしもそうじゃないかって、ずっと思ってたんだ」
「・・・はぁ」

私の周りにはいつの間にか3人の友達が集まっていて、しかも彼女たちの恋話の中心的存在になっていた。
まぁ、中学生というお年頃だからこういう話題で盛り上がるのは分かる。だから、いつも話題にのぼらないように上手く避けてきた。だけど、今日は本を読むことで気持ちが浮ついていて、いつの間にか捕らえられていたというわけだ。
それにしても、彼女たちはどうしていつも植木と私を結び付けたがるんだろう。少なくとも、彼からそんな雰囲気を感じ取ったことはない。

「・・・はぁ。いつも言ってるけど、私と植木はそういう関係じゃないよ。植木はただの友達」
「え〜。全然、そんな感じには見えないんだけどなー」
「うんうん。だって、植木くんが積極的に話しかけてるの、あいちんぐらいしかいないし。それに植木くんが女子の方を見てる時は、いつもあいちんのこと見てるし」
「・・・なんで、そんなこと知ってるの?」
「ちっちっちっ。あたしたちの観察能力を舐めてもらわないで頂きたい」

右手の人差し指を左右に降って、フッフッフと得意げな顔をしながら私の友人たちはそう言った。
・・・植木、あんた大変ね。私のせいじゃないけど。

「多分、みんなの気のせいだと思うけど・・・」
「ないないっ! それは絶対ないって!」
「というか、植木くんを見てればすぐに気づくと思うよ」
「・・・はぁ」
「・・・はぁ、じゃないよ! せっかく愛しの彼があいちんのことを気にしてるんだよ! これはチャンスだよ!?」
「はぁ・・・。・・・って、は、はぁ!?」

友人たちの言葉に、私は思わず目の色を変えて大きな声をあげていた。
その場で椅子から思わず立ち上がりそうにもなったけど、それは何とか自制することができた。ナイス私。

「え? 違うの?」
「違うよっ! ど、どうしてそうなるのッ!?」
「いや、見てれば分かるけど・・・。・・・ひょっとして、違うの?」
「ひょっとしなくても、違うよッ!」
「えー・・・」

私の言葉を聞いても、友人たちはお互いに顔を見合わせて、やれやれと言った感じに小さくため息をついていた。・・・どうしてそんな反応になるのだろう。
納得がいかない私に対して一人の友だちがまぁまぁ、とみんなを制しながら、苦笑いを浮かべつつ言葉を掛ける。

「あいちんは植木くんの発言や行動を、ちょっと意識的に観察した方がいいかもね」
「は、はぁ・・・」
「そうすれば、きっとあいちんでも分かることがあるよ!」
「う、うーん・・・」

意識的に、と言われても困る。具体的にどうやって植木を見れば分かるというのか。
気づけば目の前には、期待に満ちた眼差しを送る3人の友人の姿があった。一体、彼女たちの期待の先では、私と植木の関係はどうなっているのであろう。
何やら面倒なことに巻き込まれたと思って、私はふぅ、と小さくため息をついた。




・・・という会話があったのが今日の昼休みの話。
そして、今は日も少し暮れた放課後。いつものように植木に公園の掃除を誘われて、いつものように一緒に近所の公園にやってきた。
植木はベンチの周りに落ちている落ち葉やタバコの吸殻を拾っては、すでに用意してあった透明のゴミ袋の中に入れていた。掃除を始めてからまだ30分近くしか経っていないが、彼の持っているゴミ袋の半分はすでに拾ったゴミで満たされている状態だった。
私は私でブランコなどの遊具の周りに落ちているゴミを拾って、植木から分けてもらったゴミ袋の中に捨てていたのだが、昼休みの会話のせいだろうか、植木の一挙手一投足がいつもより気になってしまう。

(植木が私のことを好きとか、ありえないでしょ・・・。見てればすぐ気づく、とか。・・・いつもと何も変わらないじゃない)
「・・・森?」
「・・・・・・ふえ?」
「・・・何か用か?」
「へっ?」
「いや、さっきからずっとこっちを見てる気がしたから、ひょっとして何か言いたいことでもあるのかと思って」

気がつくと植木は不思議そうに目を細めて、私の前に立っていた。彼が左手で持っていたゴミ袋は、風で飛ばないように口を軽く結んだ状態で土の上に置かれていた。
見ていたことを気づかれていた・・・!?
自分の密かな行為を相手に指摘されて、私は上手く返せる言葉もなく思わず彼から視線を逸らす。

「な、何もないわよ・・・ッ! 何で私が、あんたを見てなきゃいけないのよッ!」
「いや、だってさっきまで見られてたし」
「・・・べ、別に、あんたを見てたわけじゃないわよっ!」
「じゃあ、何を見てたんだ?」
「そ、それは・・・ッ」

いつものように言葉を返していれば、すぐに「まぁいいや」とか言って興味を失ってくれると思っていた。だが、彼に思いの外話題を掘り下げられて、私は思わず言葉が詰まってしまった。
早く上手い言い訳を考えないと・・・と考えれば考えるほど、私は泥沼にはまって頭が真っ白になりかける。
そんな時、不意に植木は私に向けてニカッと笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

「まぁ、いいや。俺、別に森に見られてるの、嫌じゃねえし」

その言葉に私の心が小さくざわめく。
どういう意味・・・? と聞くよりも先に、心に起こったざわめきを隠すように大きく声をあげる。・・・気のせいか、頬も少しばかり熱い。

「・・・ま、まぁいいや、じゃないわよ!? あ、あんたを見てたわけじゃないって言ったばかりでしょッ!?」
「何でそんなに焦ってるんだ?」
「あ、あんたが変なこと言うからでしょ!?」
「変なこと・・・? 俺、何か言ったか?」
「ついさっき、言ったでしょ!」
「・・・? すまん、よく分からん」

言葉を告げたのは彼であるはずなのに、私の慌てようがまったく分からないかのように首を小さく傾げる。
ひょっとするとさっきの言葉が、みんなが言っていた彼から自分に向けられた好意だろうかとも思った。だけど、似たような言葉はたびたび彼の口から紡がれるから、きっと気のせいだろう。・・・多分。
・・・いや、本当に紡がれていただろうか? いつもの彼は、果たしてこんな言葉を吐くような男だっただろうか。
頭が、混乱する。
紡ぐことができるのは、せいぜい強がりの言葉。

「・・・はぁ。まぁいいわ。あんたがそういうことを平然と言うのはもう慣れてるし」
「おう。・・・って、褒められてるのか?」
「別に褒めてないわよ・・・。ただ、相手ぐらいはしっかり選んで言いなさいよ?」
「相手・・・?」
「そうそう。私は分かってるからいいけど、他の子が聞いたら場合によっては勘違いされるわよ」
「何で?」
「何で、じゃないわよ・・・。他の子がそれを聞いたら」
「何で他の奴が出てくるんだ?」

私の言葉を遮って発せられた彼の言葉に心が動揺し、「え・・・」と思わず言葉を漏らしてしまう。
この動揺をできる限り表に出さないように、気をつけながら彼の表情を窺う。彼は怪訝そうに目を細めて、私を真っ直ぐ捉えていた。

「俺は、森に見られるのは嫌じゃない、って言っただけだぞ。何で他の奴が出てくるんだ?」
「え、い、いや、だから・・・」
「だから?」
「・・・り、鈴子ちゃんに見られてたら、どうなのよっ!?」
「鈴子に?」

鈴子ちゃんを話題に出して上手く話を誤魔化せるか不安だったが、その名前を聞いて植木は目を伏せ腕を組んで、うーん・・・と考え込んだ。
彼のことだから私と同じように、鈴子ちゃん相手でも嫌じゃないと答えるだろうと予測していた。だけど思っていたより早く目を開いて、紡がれた彼の言葉は意外なものだった。

「鈴子は、鈴子だろ」
「は、はぁ!? な、何よそれ! 嬉しいとか、恥ずかしいとか、そういうのがあるでしょ!」
「いや、別に」
「はぁ!? あんた、私相手だと『嫌じゃない』とか言ったじゃない!」
「うん」

当たり前だろと言わんばかりに、彼は平然とした顔で首を縦に振る。だけど、今の私にとってはそんな彼の言葉や態度に納得することはできなかった。
言葉に気持ちが乗ったためか、私の声は自然とより大きなものとなっていく。

「じゃあ、鈴子ちゃん相手でも何か感想を持つのが当たり前でしょ!?」
「何で?」
「だから・・・」
「俺は『森』だから嫌じゃないだけだ」

再び遮られて聞こえた彼の言葉に、私の心は大きくざわめいた。
頬の温度が見る見るうちに上がっていき、胸の鼓動が少しずつ高鳴っていくのを感じる。
言葉の真意を、深い意味はないよね、と確かめたくなる。
だけど、口から出た言葉はそんな気持ちとは相反したもので。

「そ、そういうのが、か、か、勘違いを生むって言ってるのよ!?」
「森。顔、真っ赤だぞ?」
「う、うるさいっ! バカ! こっち見るな!」
「へいへい・・・」

ヤケクソ気味に吐き捨てた言葉を聞いて、植木は小さくため息をついてから後ろに向き直った。そうして傍らに置いていたゴミ袋の口を左手で掴み、その結び目を両手で解いていく。私には背を向ける形。
何故だろう。いつもなら何とも思わないはずなのに、それを見て私の心はポッカリと穴が空いたような寂しさを感じた。
今日の私は、どうかしてしまっているのだろうか。





「あ、でも」

結び目を解き終わったのか、顔を軽くあげた彼は何やら気がついたように、そう声をあげた。
大した話ではないだろうと思って、軽く聞き流すつもりでいた。自分の心を落ち着かせたかったのもある。
だけど彼の言葉は、私の心をさらに惑わす。

「俺は森を見てる方がずっと好きだけどな」
「バ・・・ッ」

そう言って振り返ってニカリと笑う彼の笑みは、今まで見た中で最も綺麗に見えた。
不意打ちすぎる言葉に、私はいつものようにすぐさま彼に文句を言うことも、手を出すこともできなかった。

頬が今までに感じたことがないほど熱いのは、昼休みの会話のせいだ。
うん、絶対そう。
背を向けて前に立つ彼にも聞こえないかと、胸が大きく高鳴っているのもそのせい。
そうに、決まっている。

終わり


あとがき
まず最初に、緋依絽さんお誕生日おめでとうございますっ!
本当は0時にお送りしたかったのですが、色々用事が重なってこんな時間にorz
で、でも、当日に間に合ってよかったです!w
今回の内容はメッセで緋依絽さんがリクエストされた「植木の発言で踊らされる森ちゃん」ということで・・・。
お、踊らされてる・・・のか? 最初はギャグ風味にするつもりでしたが、結局こんな感じになりましたw
ちょっと踊らされてる、というか、戸惑ってる感じ・・・なのかなぁw イメージして頂いてたものを違ってたら、ごめんなさい><
ではでは、この辺りであとがきはしめさせていただきます。
もうこんな時間ですが、よい誕生日をお過ごしください!