道を埋めつくすは、老若男女を問わない無数の人々。
 その道の左右両端に建つのは、様々な色を放つ屋台。

 それは一夜だけの、町の変貌であり

 そして、それに促されるように、人々をも変貌を遂げる。


 ――そう、今日この町では夏祭りが開催されているのだ。

「…………」
 そんな様子を、少年は一人、その道からわずかに逸れた駐輪場から眺める。
 夏祭りなど関係ないかのように、いつものようにラフな服装で。
 そんな少年の名は、植木耕介という。
 彼がここで待っているのは、何も気まぐれが原因なわけではない。
 その理由とは……。

「植木ー!」
 と、大きく声を上げて、そんな彼に向かって手を振る少女の影が一つ。
 彼女の名前は森あい。
 植木と彼女は、登下校を共にして同じ高校に通う友達同士でもあり、また恋人同士――とでも言うべき関係である。
 が、彼自身はあまりそれを実感していないらしく、はたまた彼女の意地っ張りな性格が災いしてか、何とも言えない微妙な関係が出来上がっている。

「森。遅い、ぞ……」
 彼女の声に促されるように、彼はその声がした方へと顔を向け……

 ――そして、その光景に、一瞬目を奪われた。

 そこにいた彼女は、いつもとは異なり、可愛らしい桃色の浴衣を身に纏っていた。
 だが、それに着慣れていないせいだろうか。
 その足取りはたどたどしく、ゆっくりとした歩調で彼女は彼の元へと歩み寄ってきていた。
「…………」
 そんな彼女の姿が、植木の心を少なからず惑わす。
 そうして、植木のすぐ横まで彼女が来た時……

「……何か、言いなさいよ」
 てっきり黙り込んでしまった彼に対して、森はそう口を開いた。
「……あ、いや」
 その一言で正気に戻った植木は、その言葉にどう返すべきか分からなかった。
 まったく、こんな時には己のボキャブラリーのなさが歯痒く思えてしょうがない。
 だから、彼は率直に自分の思いを彼女に伝えた。
「可愛い、な……」
 そうすると、すぐさま反応するのは彼女の頬。
「……言うのが、遅いのよ」
 と、口走りつつも、頬を紅く染めているところからして、その一言を嬉しく思っていることは明白だった。
 だが、そこで二人の間の会話が止まる。

 ――気まずい。

 そう先に感じたのはどちらだったか。
「――行くか」
 と、自らの手を彼女へと差し出したのは彼で。
「――うん」
 その手をしっかりと掴んだのは、彼女で。
 ――いつもと違う町が、彼らにも変化の刻を与えていた。

 それからは有意義な時間を、二人はゆっくりと過ごした。
 射的、りんご飴、金魚掬い、綿菓子……などなど夏祭りならではの屋台。
 森は、そのどれもこれもに興味を持ち、彼を誘った。
 植木も、そんな彼女を見ることで違った楽しみを感じていた。
 名残があると言えば、それは時間の経つ早さ。
 1時間中のことはまるで数分間の出来事のように、二人の心に物足りなさを感じさせる。


 だが、二人はそんな気持ちを互いに隠した。


「……植木。あんた、ここに着てから何か食べた?」
「いや、何も」
「……って、せっかく夏祭りに来たんだから、焼きそばぐらい食べなさいよ!」
「――でも、あんまり腹は減ってないしなぁ……」
「そういう問題じゃないのよ。――ちょっと、あんたの財布貸して。私が買ってくるから」
「――ん? 何をだ?」
「……あんたは今まで何を聞いてたのよ! もういいから! さっさと貸せ!」


 ――せめて。――せめて、僅かな時間でも精一杯楽しもうと、二人は動き回った。
 ――それでも、時は流れる。刻々と……。


 ドンッ


 どこからともなくそんな音がして、二人は何気なく上空を見上げた。
 そうして……
「うわぁ……」
「……すげぇな」
 そこに広がった光景に、二人は思い思いに言葉を漏らす。

 漆黒に染まった空に、散りばめられた無数の光。
 それは時に円を作り出し、空に浮かぶ花をも作り出す。
 人は、それを――花火と呼ぶ。

 だが、二人のいる場所はそれを見るに適した場所……とは、素直に言い難かった。
 それ故に、彼女はある方角を指差し、言葉を紡ぐ。
「植木、あっちの方に行こうよ」
「何でだ? 何かあんのか?」
 と、植木は小さく首を傾げる。
 森には、それがじれったくて堪らない。
「――花火が見にくいのよ! あっちはちょっと高台になってるし」
 そんな怒気を若干含んだ彼女の言葉に、植木も一度頷き
「――ん。分かった」
 そう答えると共に、彼女の手を掴む。
「な……っ」
 と、彼女が反応するよりも早く、植木は力強く人ごみの中を突き進んでいく。それは、まるで彼女をエスコートするかのように。
 そんな彼を、森は内心嬉しく思っていた。
(――たまにしか、こういうことしてくれないんだから……)
 ひょっとすると、そんな彼女の頬には朱が差していたかもしれない。


「ふぅ……」
 小さな高台を上りきり、植木は小さく息をつく。
 その後ろに着いてきた森も、息を乱しつつも、ゆっくりと上へと目を向ける。
 ――空が、近い。とは言っても、少しだけだが。
 と、そうしているうちに、再び空には花火が上がった。
「ここで見よ。植木」
 そう言って、彼女はその場に腰を下ろした。
 植木もそれに従うように、その場に座り込む。

 無数の打ち上げ花火が、空を明るく染める。
 だけど、辺りは驚くほど静かで……。
 二人の会話は自然と少なくなっていく。
 だけど、ちっとも気まずいなんてこともなくて……。
 矛盾だらけだけど……こんな時間もいいなと、森は思った。

 ――そんな時。

「――なぁ、森」
 不意に、隣に座る植木から声を掛けられた。
「な……」
 ――何? と、彼女が顔を向けるよりも早く。

 ――肩に軽い、衝撃


「え……?」
 驚く暇さえ与えられず、背中には軽い衝撃が一つ。
 ――何を考えているんだと、森の目が彼へと向けられる。
 そんな彼女を見下ろしつつ、彼は呟いた。


「――悪い。我慢、できなかった」

 その言葉を聞いて、森は思う。
(――いつもは、絶対にそんなこと言わないくせに)
 悔しいけど、やっぱりいつもの服よりは……彼もこんな服が好きなのかなと。
 ――森の頭には、そんなことがよぎった。



 ――見上げた夜空には、巨大な黄色の花びらが浮かんでいた。



続く……かも?

あとがき
 ジョリさんのリクエスト小説……と言う形で書かせていただきました。
 ……が、リクエストの方には裏が欲しいという意見もありましたので……どうしようかなとは思っていますが。
 少しリクエストが溜まり始めてしまったので、そちらを処理出来次第、書ければいいなぁと思います。
 ――さて、時期的にはまったく違う小説ですけど、私自身も夏祭りは好きです。――浴衣は、どうかと言う問題は置いておいて。
 ……特にカキ氷と焼きそば、それこそ夏祭りの定番だとおもいません? あ、私だけ? ……そりゃ、申し訳ない(苦笑)
 では、今日はこの辺りで。