「あのさ…植木」
「何だ? 森」
ここは植木の家。
ついでに言えば、植木と森の二人は学校帰りで、森がそのまま植木の家に寄る事になったので、二人とも制服のままだ。
さらに言えば、今日植木の家には二人以外に誰もいない。
源五郎は小説のネタを探しに、ここ数日家には帰ってきていない。
そして、翔子は大学の何たらかんたらで…。とりあえず、友達の家に泊まっているらしい。
とりあえず、二人は今二人きりなわけだ。
それだけを聞くと、非常に怪しい雰囲気が漂っているが…二人の間にそんなことを気にするような空気は成り立っていない。
「…だから、ちょっとは手加減しなさいよ!!」
先ほどからゲームで戦闘を繰り広げている森と植木だが…経験者というハンデを持っている植木は、一切森相手に手を抜かない。
そのためか、森のイライラはピークに達しかけていた。
今にも、コントローラーを床に叩き付けそうな雰囲気だった。
「やだ」
そう言って、植木は”もう一回”という選択肢をポチッとボタンを押して決定する。
「あぁ…もう!!」
そういって、森は再びコントローラーを構える。
やはり森にとっても、このゲームは楽しいらしい。
結果は…最悪だが。
そして、数分後…結局森は一回も勝てなかった。
「あそこまで初心者に容赦ない奴を見たのは初めてよ…」
すぐ隣にいる植木に向かって、憎さも込めて森はいう。
だが、植木には、そんなこと知ったこっちゃないといわんばかりの表情で、森の言葉を聞き流す。
「森、何か飲むか?」
そういって、植木は立ち上がる。
「私の言葉は無視かい…。まぁ、いいわ。お茶でもちょうだい」
「おう」
植木は部屋から去っていく。
植木がいなくなってから、森はブツブツと独り言を呟く。
(まったく普通あそこまでやる? 普通、一番弱いキャラを使うとか、必殺技は使わないとかハンデを負うもんじゃないの? しかも、説明書を見てると、植木の使ってたキャラが最強みたいだし…)
聞けば、植木の姉翔子は、かなりのゲーマーのようだ。
恐らく植木があれほどキャラを使いこなしているのは、翔子さんと繰り広げられているであろう高レベルの戦闘のせいだと森は思った。
そして、私は…いわゆる実験道具みたいな…そんな感じなのだろう。
(悔しい……)
だとすれば、一回ぐらいは植木に勝たなければ…。
森の闘争心が、メラメラと燃え上がった。
「森、持ってきたぞ」
植木が部屋に戻ってきた。
と、同時に森は植木を睨む。
「な、なんだよ…森」
さすがの植木も、森の眼光には驚いた。
「植木、もう一回勝負よ!」
「…は?」
森はゲーム機を指差しながら、もう一度
「だから、もう一回勝負しなさいって言ってるでしょうが! ずっと負けたままじゃどうにも気に入らないのよ」
植木はまるで森の勢いに負けたかのように、答えた。
「あ、あぁ。別にいいけど…」
「じゃあ、早速勝負よ!!」
そして、数分後…。
意気込みはよかった森だったが、結果は分かりきっていた。
「これで15戦15勝だな。もうやめるか?」
「…くっ。まだよ! まだ諦めたわけじゃないんだから!!」
森はもう一度コントローラーを構える。
何度繰り返された作業だろう。
そんな森を見ていて、植木は…
(…まったく)
森の悪い癖が出たな…と思った。
いや、悪い癖とも言い切れない。
彼女の取り得は、そのいつでも諦めない信じる心なのだから。
それは無駄だと分かっている場面では、自らの命を危険に晒すものになるから悪い癖と言えば悪いくせになる。
だが、植木はあまりその森の癖を嫌ってはいない。
寧ろ…それが森らしくていいのではないか。そう思っている。
「あぁ…また負けた…」
と、言いながらも森はコントローラーを再び構える。
仕方ないな…。そう思い、わざと植木は手を抜いて戦ってみる。
森のキャラが少しずつだが押し始めた。
これでいいだろう…。そう、植木は思った。
だが、今度は森は不満そうに言った。
「植木、本気で来なさいよ! そうじゃないと、許さないわよ!」
「……」
勝ちたくて、それで手を抜くな…とは。
それでは、どうやってゲームを終わらせればいいのか…。
「はぁ…」
今日だけは…その癖だけは勘弁してくれ。
植木は、そう思うことしかできなかった。
そして、結局それから2時間たって、やっと森は植木に勝つことが出来たという。
終了