理想の日々
トントントントンと…包丁で素材を切る軽快な音が耳に届く。
ポカポカとほどほどに温かい気温、気候。
毎日、ごはんと妻手作りのお味噌汁があれば、どれだけ幸せなことか…。
今日はLHRの時間。
何やら自分の将来を決めるだとか、何だとかで未来予想図を書くことになったわけである。
「って、植木。あんた、この未来予想図は一体何なのよ」
植木の未来予想図を見て、森は驚くを飛び越え、呆れてしまっていた。
「どうかしたのか? 森」
無論、書いた本人なのだからおかしいところなんてないと思っている植木は、森の反応に疑問符を浮かべる。
「あんたね、未来の家庭を予想するのは自由だけど…、これだと予想じゃなくて…願望じゃない」
「…願望じゃ、ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょう!? …それに願望にしても、何なのよ。この願望は!」
植木の未来予想図が書いてあるプリントを指差しながら、森が言う。
「…なんか変なところとか、あるか?」
未だ、植木は何も気付きはしない。
「変なところはないわよ。でも、あんた、ちょっと現実逃避気味じゃない?」
「…何で?」
「この世のどこに、こんなのんびりとした家庭があんのよ!?」
「そうなのか?」
植木はとっさに自分の家庭を思い出した。
…のんびりしてる…ほうだとは思うが、確かに違う気もする。
「今の世の中は、大体親が共働きとかでしょうが。それに…田舎じゃこんなポカポカとした陽気なんてないわよ。田舎とかじゃあるまいし」
森が呆れ気味で言葉を続ける。と、ここで急に植木が…ポンと手を叩き
「…そうか! 田舎か!」
と、大きな声を上げた。
「は?」
何がどう植木の中で結論づいたのか、ちっとも理解できない森は素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。
と、同時に植木が森の肩をグッと掴んだ。
「な、何よ? いきなり…」
いきなりのことなので、森の顔が僅かに朱に染まる。
「よし。森。一緒に田舎へ転校しよう」
「は?」
…状況がまったく把握できていない森。
無論、当然のことである。
「いや、田舎だったらさ…のんびりと暮らせるし…。老後も安心だな」
「…ちょっと待って。何で、それに私が必要なわけ?」
「いや、だってさ…」
「……やっぱりいいわ」
「へ? …だって、お前が聞いたんじゃ…」
「も、もういいのよ! そんなこと気にしない!!」
「…分かった」
(…お前が俺の妻になるからな。…とか言われたら、恥ずかしくて倒れそうだった…なんて言えないわよ…。まったく…。でも…今度ぐらいにまた聞いてみようかしら)
終了